洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。


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ザ・ウェイ・イット・イズ / ブルース・ホーンズビー&ザ・レインジ
the_way_it_is.jpg

 1986年12月13日付けで全米No.1。叙情的なピアノと哀愁あふれる歌声、そして誰もが口ずさめる覚えやすいメロディーをもった曲です。エレクトリックな隠し味も、よい感じです。でも特筆すべきは歌詞の内容。「列に並んで足踏みしながら失業保険をもらうのを待っている」「奴らは64年に低所得者のための法を成立させた/だけどそれも今は形だけ/法が人々の考え方を変えることはできなかった/」〜と、80年代のアメリカをおおっていた不況、そして変わらない差別をテーマにしています。この曲のヒットにより翌年のグラミー賞では最優秀新人賞を受賞しました(このときのライバルは、ミック・ハックネル率いるシンプリー・レッド)。

 ヒューイ・ルイスのNo.1ヒット、「ジェイコブズ・ラダー」の作者でもあるブルース・ホーンズビーは、実に才能あふれるなアーティストです。ボニー・レイットやドン・ヘンリー、ボブ・ディランをはじめとする様々なアーティストのアルバムにプレイヤーとして参加する一方、レオン・ラッセルのアルバムをプロデュースし、一時はグレイトフル・デッドのメンバーだったこともあります。グラミー賞では、1990年に最優秀ブルーグラスレコーディング賞、そして1993年に最優秀ポップ・インストルメンタル賞を受賞しています。日本にも熱心なファンがいるようで、Wikipediaの記述はたいへん読みごたえがあります。














フィール・フォー・ユー / チャカ・カーン

I_feel_for_you.jpg


 アレサ・フランクリンと並ぶ女性R&Bシンガー、チャカ・カーンの代表曲。84年に全米3位、全英1位となりました(ビルボードのダンス・チャート、R&Bチャートでは1位となっています)。オリジナルはプリンスのナンバーで、メロディアスな原曲の良さを生かしながら、チャカ・カーンのパワフルで伸びやかな歌唱が光る名曲です。80年代のブラック・コンテンポラリー・ミュージックを代表する一曲でしょう。

 グランドマスター・メリー・メル(グランドマスター・フラッシュ)によるシャカシャカシャカシャカカーン.....という印象的なラップから始まるヒップホップ調のダンサブルな曲ですが、スティーヴィー・ワンダーによるこれまた印象的なハーモニカが、曲全体にモダンでアダルトな雰囲気も与えています。シンセ関係にはデヴィッド・フランク(システム)の名前も見えますが、この曲で大きな役割を果たしているのは、かつてベビーフェイスの僚友として活躍したファンク/R&B界の重鎮レジー・グリフィンのようです。アルバムではデヴィッド・フォスターなど曲ごとに様々なプロデューサーが起用されていますが、この曲のプロデューサーは、80年代に様々なアーティストを手がけたアリフ・マーディン。

 この曲はポインター・シスターズもカヴァーしていますが(アルバム『ソー・エキサイティッド!』に収録)、リリースはポインターズ・シスターズの方が早く82年にリリ−スされています。また、名曲故に様々なリミックスがありますが、もともと5分以上ある長い曲なので、エクテンディッド・リミックスなど必要はないように思います。先日買った『80'S 12インチ・コレクション』というコンピレーションにリミックス・ヴァージョンが収録されていましたが、やはりシャカシャカシャカシャカカーンで曲が始まらないのは今ひとつでした。でも「フィール・フォー・ユー」からシーラEの「グラマラス・ライフ(クラブ・エディット)」という流れは実によかった!





マウント・フジ・ジャズ・フェスティバルでのステージ












パレード・ツアー〜1986年8月25日のパリ公演
head_prince.jpg


 アルバム『パレード』のリリースにあわせて、1986年3月から地元ミネアポリスを皮切りに「Hit N Run Show」と銘打ったUSツアーが行われます。このツアーはアメリカ国内では8月まで月平均2回程度のショウと断続的なものでしたが、続く8月から行われたヨーロッパツアーは8月12〜31日まで7カ国をまわり、計18回(イギリスでは一日2回のショウを行った日が2日ある)という常識では考えられないツアーでした(さらに9月5日からは大阪を皮切りに日本ツアーが行われている)。ウェンディ&リサら、レヴォリューションが同行した最後のツアーで、ウェンディの双子の妹スザンナもバック・コーラスでツアーに参加していました。

 このツアーの公演はいずれも素晴らしい演奏ですが、なかでも8月25日に行われたパリ公演は音質・演奏とも実に素晴らしい内容です。『HEAD』(bambi 001/2)はサウンドボード録音ですが、アンコールの4曲が収録されていません。この日演奏された4曲のアンコール曲のうち、「It's Gonna be a Beautiful Night」はオーヴァーダブが施されて、『サイン・オブ・ザ・タイムス』に収録されたテイクで、ここはぜひ耳にしておきたいところ。これらアンコールの4曲は『R U Ready Paris?』(Rocks 92074/92075)に収録されています。『HEAD』は高音質のサウンドボードで、『R U Ready Paris?』(インナーの日付は8月18日となっていますが、これは誤りで25日が正しい)はオーディエンスながら臨場感あふれる音質です。聞き比べるのも一興。


この日の演奏曲
1. Around The World In A Day
2. Christopher Tracy's Parade
3. New Position
4. I Wonder U
5. Raspberry Beret
6. Delirious
7. Controversy
8. A Love Bizarre
9. Do Me, Baby
10. How Much Is That Dog In The Window?
11. Automatic
12. D.M.S.R.
13. When Doves Cry
14. Under The Cherry Moon
15. Anotherloverholenyohead
16. 17Days
17. Head
18. Pop Life
19. Girls & Boys
20. Life Can be so Nice
21. 1999
22. It's Gonna be a Beautiful Night
23. Mountains
24. Kiss
25. Purple Rain

これだけの曲を演奏するステージを毎日のように行っていたプリンス。驚くばかりです。






彼女はサイエンス / トーマス・ドルビー

彼女はサイエンス


 奇才トーマス・ドルビー唯一の全米トップ10ヒット。原題は「She blinded With Me Science」です。83年に5位まで上がりましたが、本国イギリスでは49位と今ひとつでした。なんとも不思議なことです。当時最新のテクノロジーを駆使したエキセントリックなテクノ・ポップ(共同プロデューサーとして、TALK TALKのティム・フリーズ・グリーンがクレジットされています)で、「サイエンス!」という掛け声は、92年に亡くなった英国の科学者・TVプレゼンター、マグヌス・パイクの声のサンプリングです。この曲と次の「ハイパーアクティヴ!」で、マッド・サイエンティストというイメージ(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でクリストファー・ロイドが演じた、エメット・ブラウン博士=ドクみたいな人)が定着したトーマス・ドルビーですが、マグヌス・パイクの従兄弟であるジェフリー・パイクは、元祖マッド・サイエンティストとして有名です。なお曲中に出てくる言葉「Good heavens, Miss Sakamoto! You're beautiful!」の「ミス・サカモト」とは、アルバム『The Golden Age of Wireless』(82年)に参加していた矢野顕子(レコーディング中の81年には、坂本龍一と事実上婚姻関係にあった)のことだと言われています。

 トーマス・ドルビーは、本名トーマス・モーガン・ロバートソンといい、「ドルビー」は学生時代からのニックネームで、音響システムで有名なドルビー研究所がその由来だそうです。80年代を代表するテクノ職人で、バグルス「ラジオ・スターの悲劇」の共作者、ブルース・ウーリー(『The Golden Age of Wireless』にも参加)のカメラ・クラブを皮切りに、トンプソン・ツインズ、フォリナー、デフ・レパード、スティーヴィー・ワンダー、ハービー・ハンコックなどさまざまなセッションやツアーでその技を披露しています。あえて目立とうとしないところが彼のカッコいいところで、85年のライヴ・エイドでデヴッド・ボウイのバックでキーボードを弾いていたのがトーマス・ドルビーだった、というのは有名な話。またXTCとの交流もあり、バリー・アンドリュースの後任として名前があがったり(結局実現しなかった)、ツアーを嫌がるアンディ・パートリッジの代役としてトーマス・ドルビーでXTCのツアーを行おうという話もあがったことがあります(これも実現しなかった)。『The Golden Age of Wireless』には、アンディ・パートリッジも参加しています。またプロデューサーとしてもその手腕も高く評価され、なかでもジョニ・ミッチェルの『ドッグ・イート・ドッグ』やプリファブ・スプラウトの『スティーヴ・マックイーン』は素晴らしい作品です。

 しばらく音楽からは遠ざかっていましたが、2006年頃から活動を再開しており、近々ツアーを行う計画もあるようです。

 オフィシャル・サイト[http://www.thomasdolby.com/index.php]


YouTubeのオフィシャルPV http://www.youtube.com/watch?v=V83JR2IoI8k







アルファヴィル / ビッグ・イン・ジャパン

alphaville.jpg


 ドイツの3人組アルファヴィル(Alphaville)のデビュー曲で、本国(西)ドイツでは5週にわたって1位を独走したほか、84年に全英で8位を記録しました。ドイツのエレ・ポップというと、ヒューバート・カーやピーター・シリングが思い出されますが、このアルファヴィルはヨーロッパ的な雰囲気を感じさせる哀愁エレ・ポップです。かつて「BIG IN JAPAN」いうリヴァプールの伝説的なバンドがあり、「BIG IN JAPAN 日本じゃ大物」=「三流」という意味だそうですが、この曲では「big in japan where the eastern seas so blue」という歌詞を読む限り、「ターニング・ジャパニーズ」のような「国辱ソング」とはちがって悪い意味はないようです。
 

 この「ビッグ・イン・ジャパン」が収録されている1stアルバム『フォーエヴァー・ヤング』からは、タイトル・ナンバーの「フォーエヴァー・ヤング」もヒットし、「グロリア」のヒットで知られるローラ・ブラニガン(2004年脳動脈瘤のため死去、47歳)の4枚目のアルバム『ホールド・ミー』(85年)にはカヴァーが収録されています。こちらも哀愁エレポップの名曲と言ってよいでしょう。


 アルファヴィルのメンバーは、マリアン・ゴールド(Vo)、バーナード・ロイド(リズム・トラックのプログラミング)、フランク・マーチンズ(キーボード)の3人。3人ともドイツ人らしからぬ名前.....と思ったらいずれも芸名で、それぞれ、ハルトヴィヒ・シェールバウム(Hartwig Schierbaum)、ベルンハルト・グロースリンク(Bernhard Gößling)、フランク・ゾルガッツ(Frank Sorgatz)というのが本名。

 アルファヴィルは2004年の『CrazyShow』まで計6枚のアルバムをリリースしており、デビュー25周年を迎える現在も、コンスタントに活動しています。

オフィシャル・サイト http://www.alphaville.de/