洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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ビッグ・イン・ジャパン / アルファヴィル

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 ドイツの3人組アルファヴィル(Alphaville)のデビュー曲で、本国(西)ドイツでは5週にわたって1位を独走したほか、84年に全英で8位を記録しました。ドイツのエレ・ポップというと、ヒューバート・カーやピーター・シリングが思い出されますが、このアルファヴィルはヨーロッパ的な雰囲気を感じさせる哀愁エレ・ポップです。かつて「BIG IN JAPAN」いうリヴァプールの伝説的なバンドがあり、「BIG IN JAPAN 日本じゃ大物」=「三流」という意味だそうですが、この曲では「big in japan where the eastern seas so blue」という歌詞を読む限り、「ターニング・ジャパニーズ」のような「国辱ソング」とはちがって悪い意味はないようです。
 


 この「ビッグ・イン・ジャパン」が収録されている1stアルバム『フォーエヴァー・ヤング』からは、タイトル・ナンバーの「フォーエヴァー・ヤング」もヒットし、「グロリア」のヒットで知られるローラ・ブラニガン(2004年脳動脈瘤のため死去、47歳)の4枚目のアルバム『ホールド・ミー』(85年)にはカヴァーが収録されています。こちらも哀愁エレポップの名曲と言ってよいでしょう。


 アルファヴィルのメンバーは、マリアン・ゴールド(Vo)、バーナード・ロイド(リズム・トラックのプログラミング)、フランク・マーチンズ(キーボード)の3人。3人ともドイツ人らしからぬ名前.....と思ったらいずれも芸名で、それぞれ、ハルトヴィヒ・シェールバウム(Hartwig Schierbaum)、ベルンハルト・グロースリンク(Bernhard Gößling)、フランク・ゾルガッツ(Frank Sorgatz)というのが本名。

 アルファヴィルは2004年の『CrazyShow』まで計6枚のアルバムをリリースしており、デビュー25周年を迎える現在も、コンスタントに活動しています。

オフィシャル・サイト http://www.alphaville.de/






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プリンス・チャーミング / アダム&ジ・アンツ

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 「スタンド・アンド・デリバー」に続く、『プリンス・チャーミング』らのシングル(81年)。この頃のアダム・アントには本当に勢いがありました。まさに「時代の寵児」という感じです。この曲を聴くと、今でもイントロの奇妙な叫び声を合唱?してしまいます。
 しかしキワモノ的な彼らの人気は長続きせず、程なく失速。『プリンス・チャーミング』をリリースした翌年、アダム・アンド・ジ・アンツは解散、アダム・アントはソロとして活動を始めます。ロカビリー・タッチの「グッディ・トゥ・シューズ」も悪くはないんですがね。










スタンド&デリバー / アダム&ジ・アンツ
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 アダム・アント率いるニューロマ・バンド、アダム&ジ・アンツの81年のヒット曲。3枚目のアルバム『プリンス・チャーミング』からの先行シングルで、全英チャートで初登場No.1となりました。彼ら独特の少々エキセントリックな曲調が魅力です。ワイルドなイメージの彼らにピッタリの曲といえるでしょう。
 マルコム・マクラーレンが仕掛け人だったゆえ、バウ・ワウ・ワウ同様にキワモノ的なイメージがあった彼らですが、「カッコよさ」というロックの本質的な部分を堪能できるバンドだったと思います。海賊ルックにツイン・ドラム、端正なルックスにワイルドさを兼ね備えたアダム・アントの、奇妙な雄叫びを織り交ぜた曲は、一度聴いたら病みつきになる奇妙な魅力を持っていました。中でも異彩を放っていたのが、ギターのマルコ・ピローニ。メンバー中ルックスが一番イタいマルコですが、彼は知る人ぞ知るイギリスのバンド、レマ・レマのオリジナル・メンバーです。
 ティーンエイジャーを中心とした彼らのファンは「アント・ピープル」とよばれ、『ミュージック・ライフ』誌ではバンドを主人公にしたマンガのストーリーが募集されたこともあります(スティーヴ・ストレンジの顔デザイン・コンテストと同じような企画ですな)。バンド自体は82年に解散しましたが、アダム・アントはソロとして現在も活動中です。アダム・アントのオフィシャル・サイトはこちら[http://www.adam-ant.net/]








テイク・オン・ミー / a-ha
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 85年の全米No.1で、80年代を代表する名曲の一つ。覚えやすいメロディとすこしセンチメンタルな雰囲気、そして北欧らしいロマンティックさも漂っています。ファルセット・ヴォイスも魅力的で、またアニメーションを取り入れたMTVも話題でした(ヴィデオのプロデュースは、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」にもかかわったスティーヴ・パロン)。辞書を調べても分からなかった「take on me」の意味を、「全米トップ40」で湯川れい子さんによる解説を聞いて、ナルホドと感心した記憶があります。この曲のプロデュースは、80年代の隠れた名作『思い出のアルバム』で一部マニアには有名なロータス・イーターズを手がけたアラン・ターニーです。

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 a-haはノルウェーのオスロ出身の三人組。10代からローカル・バンドを組んでいたマグス・フルホレム(キーボード)とパル・ワークタール(キーボード、ギター)の二人に、ヴォーカルのモートン・ハケットが加わり、a-haが結成されました。ロンドンにわたった彼らは、元EMIのジョン・ラトクリフの目にとまり85年にデビュー、一躍人気者となりました。デビュー・アルバム『ハンティング・ハイ・アンド・ロウ』は、全10曲のうち7曲をNEW MUZIKの奇才トニー・マンスフィールドが、2曲をアラン・ターニー、残る1曲はジョン・ラトクリフとメンバーの共同プロデュース。
    オフィシャル・サイト http://www.a-ha.com/
    日本のファンサイト   http://www.a-hafansiteinjapan.com/









ハッピー・バースデー / オルタード・イメージ
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 紅一点、キッチュなロリータ・ヴォイスが魅力のクレア・ローガンを中心とするスコットランドはグラスゴー出身の5人組、オルタード・イメージ(英語表記はALTERED IMAGES)のデビュー・シングル。81年に全英で2位まであがりました。印象的なイントロに、クレア嬢のキュートなヴォーカル(たぶん好き嫌いは分かれるでしょうね)、ノリのよいリズムが耳の残るポップ・チューンです。年間チャートでも15位にランクされ、『ニュー・ミュージカル・エキスプレス』では最優秀新人(ブライテスト・ホープ)部門の1位を獲得しました。
 クレア以外のメンバーは、ジム(リード・ギター)、トニー(リズム・ギター)、ジョニー(ベース)、ティッチ(ドラム)の4人。80年に結成され、スージー&ザ・バンシーズのスコットランド公演の前座をつとめ、その後全英ツアーにも同行して人気を博します。「ハッピー・バースデイ」の後も順調にヒットを飛ばしますが、2枚目のアルバムをリリースした後メンバーチェンジがあり、クレア嬢はそれまでの「ブリッコ(死語!)」路線を修正、アダルトな雰囲気に転じます。トニー・ヴィスコンティとマイク・チャップマンという、有名プロデューサー(しかしよくわかんない組み合わせ)を迎えた3枚目『BITE』(邦題は『モノクロ・ムービー』)をリリースします。この作品は結構評価高いのですが、最後の作品となりました。