洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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ジョージ・マイケルよ、安らかに
 2016年は年明け早々のボウイの訃報に始まり、モーリス・ホワイト、プリンス、ピート・バーンズ、レナード・コーエン、ELPのEとP、ジョージ・マーティン....そしてクリスマスにジョージ・マイケルの訃報。まったく驚くしかない。しかもジョージ・マイケルに至っては、私とほとんど変わらない年齢である。自分自身の年齢をイヤでも実感してしまう。

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 ワム!の「クラブ・トロピカーナ」を聴いたとき、なんて素敵でキャッチーなメロディなんだろうと(内心)舌を巻いた。当時は男性でワム!が好きだと口にしようものなら、かなりバカにされたものである。デュラン・デュランはOKでも、ワム!はダメ....みたいな。スタイル・カウンシルやトンプソン・ツインズらと同様、マクセルのカセットテープのCMにも登場し(後にジョージが日本人をバカにした歌詞に変えて歌っていたことが明らかとなる)、結構人気だった。中にはリフラフという日本人男性4人組バンドが「ウキウキ ウェイク・ミー・アップ」をまんまパクった「東京涙倶楽部」というとんでもない曲もあったほど。



 いくつかトラブルもあったものの、高い歌唱力と優れたソングライターであったことは間違いない。私の好きな彼の曲のベスト3は、
  1位:フェイス(ジョージ・マイケル)
  2位:クラブ・トロピカーナ(ワム!)
  3位:フリーダム(ワム!)
  3位:ケアレス・ウィスパー(ワム!)

ジョージ・マイケル、安らかに。




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ダウン・アンダー / メン・アット・ワーク
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 オーストラリア出身の5人組メン・アット・ワークの、「ノックは夜中に」(Who Can It Be Now?)に続く全米No.1ヒットで、1983年の年間チャートでも4位となる大ヒット曲です。




「ダウンアンダー」はイギリスからみて南方に当たるオーストラリアを意味する言葉で、この曲がヒットして以降、一般にも知られるようになりました。
  "He just smiled and gave me a Vegemite sandwich",
という歌詞がありますが、歌詞に出てくる「ベジマイト(Vegemite)」とは、オーストラリアやニュージーランドでパンに塗って食べる黒くて塩辛いペースト状の食物です。高校の英語の教科書に出てくるので、英語の先生が「コレですよ」って見せてくれたんですが、日本人の口にはちょっと合わないと思います。

 1985年には活動を停止しましたが、96年に復活し、2000年のシドニーオリンピックの開会式では彼らによりこの「ダウンアンダー」が歌われ、会場は大いに盛り上がりました。



シドニーオリンピックの開会式


 オージー・ロックを代表するこの「ダウン・アンダー」ですが、2008年に盗作疑惑が持ち上がってしまいました。印象的なフルートのリフが、 1932 年にMarion Sinclair という人物が作った「Kookaburra Sits in the Old Gum Tree」からの盗用であると、この曲を管理していた会社から訴訟を起こされてしまいます。この曲は、子どもたちがキャンプファイヤーのときに歌う曲の定番で、オーストラリアではメジャーな曲だそうです。結局、2010年には裁判で盗用が認められ、印税の一部返還を命じられてしまいました。



Kookaburra Sits In The Old Gum Tree


 それでも2012年のロンドンオリンピックに際してはスポンサーとなったオーストラリアの通信事業者テルストラがこの曲をキャンペーンソングに採用するなど、名曲であることに変わりはありません。


テルストラ(Telstra Corporation)のCM


 「ノックは夜中に」と、この「ダウン・アンダー」の7インチ盤につけられたライナーに共通するのは、どちらもラジオ放送の洋楽番組のDJさんがライターという点。「ノックは夜中に」のライターは、「Miss D.J.リクエスト・パレード」(文化放送)の千倉真理さん。こちらの「ダウン・アンダー」のライターは、「オールジャパン・ポップス20」のシーゲル梶原さん。「Miss D.J.」は聴いた記憶はないんですが、雑誌『ミュージック・ライフ』のクイーンの広告で番組の紹介を見た記憶があります。「オールジャパン・ポップス20」の方は、「全国ポピュラーベストテン」と名前が変更になり、私の地元RKK熊本放送では日曜の深夜というとんでもない時間帯に放送されていました。前日、土曜の深夜はRFラジオ日本で湯川れい子さんの「全米トップ40」~大貫憲章さんの「全英トップ20」を朝4時くらいまで聴いていた身としてはとてもとても、聴ける時間帯ではありませんでした(時々聴いていましたが)。80年代の洋楽ブームは、ラジオが支えていたのだなぁ、と改めて実感。

 ロンドン五輪を間近に控えた2012年4月、サックスとフルートを担当していたグレッグ・ハムがメルボルンの自宅で死んでいるのが発見されるという悲劇を迎えます。「ノックは夜中に」のサックスと「ダウン・アンダー」のフルートはいずれも曲の要。彼がいなかったらメン・アット・ワークの成功はなかったでしょう。






ブロウクン・ウィングス / Mr.ミスター

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 Mr.ミスター2枚目のアルバム『ウェルカム・トゥ・ザ・リアル・ワールド』(85年)からの1stシングルで、2週にわたり全米No.1となりました(ちなみにこの曲に取って代わったのは、ライオネル・リッチーの「セイ・ユー、セイ・ミー」)。次のシングル「キリエ」と違って、ベースラインに導かれて始まる、暗く叙情的なメロディーラインが魅力の曲。ハイトーンながら哀愁を帯びたヴォーカルもいいですし、シンセの使い方も実に巧いです。後半のギターもいい感じです。
 この曲の歌詞は、レバノン生まれのアラブ系詩人/アーティストカーリル・ギブランの本『Broken Wings』にインスパイアされたとのこと。その後、この曲はヒップホップラッパー、2Pacの「Until the End of Time」でサンプリングされました。リリース当時の邦題は、「ブロークン・ウィングス」ではなく、「ブロウクン・ウィングス」です。

 Mr.ミスターの母体となったのは、ヴォーカル&ベースのリチャード・ペイジと、キーボードのスティーヴ・ジョージがつくっていたペイジズ(Pages)というバンド。この2人がドラムのパット・マステロットとギターのスティーヴ・ファリスを迎え、1983年にアルバム『アイ・ウェア・ザ・フェイス(I Wear the Face)』でデビューしたのがMr.ミスター(Mr.Mister)です。なおこの「ブロウクン・ウィングズ」のコンポーザーとして、リチャード、スティーヴとともにクレジットされているジョン・ラングも、ペイジズの元メンバーです。

 リチャード・ペイジはヴォーカリストとして、デヴィッド・フォスターやリック・スプリングフィールドといったポップ系から、ホワイトスネイク、サミー・ヘイガーといったHR/HM系に至るまで数多くのアーティストの作品に参加しており(AllMusicの一覧表を参照)、かつてはボビー・キムボールの後任としてTOTOに、ピーター・セテラの後任としてシカゴにそれぞれ誘われたという逸話の持ち主。リック・スプリングフィールドはアルバム『ザ・デイ・アフター・イエスタデイ』でこの曲をカヴァーしていますが、リチャード・ペイジ自身もこのカヴァーに参加しています。日本盤『ウェルカム・トゥ・ザ・リアル・ワールド』のライナーによれば、日本でも喜太郎が音楽を手がけたラーメンのCMで、リチャード・ペイジの歌が使われたことがあるとのこと。

 この曲が収められたアルバム『ウェルカム・トゥ・ザ・リアル・ワールド』からカットされた3枚のシングルのうち、2曲がNo.1、残る1曲「イズ・イット・ラヴ」も8位まで上がりました。「ウィー・アー・ザ・ワールド」がなかったら、グラミー賞を受賞していたでことしょう。
 
 Mr.ミスターは87年に3枚目のアルバム『Go On...』をリリースしましたが、シングル「サムシング・リアル」は29位までしか上がらず、以後カットされたシングルは、100以内にもはいらなかったようです。その後ギタリストのスティーヴ・ファリスが脱退、一時的に元イエスのトレヴァー・ラヴィンが在籍した時期もありましたが(これは『ウェルカム・トゥ・ザ。リアル・ワールド』のプロデューサー、ポール・デヴィリアーズが、イエスの『90125』ツアーでミキシング・エンジニアだったという人脈によるもの)、グループはセッション・ギタリストを迎えて4枚目のアルバムのレコーディングに着手します。しかしこのアルバムは結局日の目を見ることなく、Mr.ミスターは解散。お蔵入りとなった作品のうち「Waiting in My Dreams」という曲が、2001年にリリースされたベスト盤に収録されています。

 バンドの解散後、メンバーはソロ活動にはいりますが(Wikipediaの記事を参照してください)、中でも興味深いのがドラマーのパット・マステロットの活動。彼については、別の機会に検証したいと思います。









リック・スプリングフィールドの「ブロウクン・ウィングス」




2pac ft Mr. Mister - Broken Wings (Until the end of time)








テーマ:音楽 - ジャンル:音楽


スエードヘッド / モリッシー

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 ザ・スミス解散後、88年にリリースされた初ソロ・アルバム『ヴィヴァ・ヘイト』からのファースト・シングル。ザ・スミス時代の憂鬱さは影をひそめ、爽やかでポップな好ナンバー。印象的なギターは、ドゥルッティ・コラムのヴィニ・ライリー。ナショナル・チャートでもトップ10入りを果たし、上々の滑り出しをみせました。その後は、ザ・スミス時代のようなカリスマ的人気とまではいかないものの、安定した人気とコンスタントな活動を続けており(来日ドタキャン騒ぎなどもありましたが)、2006年には8枚目(ライヴ盤をのぞく)のソロ・アルバム『リングリーダー・オブ・ザ・トーメンターズ Ringleader Of The Tormentors』をリリースしました。









ライク・ア・ヴァージン / マドンナ
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 マドンナのセカンド・アルバム『ライク・ア・ヴァージン』(84年)からの第1弾シングルで、彼女初の全米No.1ヒット。ジャン・レノ主演の映画『レオン』で、この曲をナタリー・ポートマンが歌って踊る場面がありますが、なんともいい感じでした。
1958年8月16日生まれの彼女、今年48歳。全く信じられません。若さを保つ秘訣は一体何なのでしょうね?おそらくかなり厳しい節制をしているのでしょう。そして常にクリエイティヴさを失わないの素晴らしい。当初セックス・シンボルとみられていた彼女ですが、それも周到な戦略であったわけです。素晴らしいセルフ・プロデュースの能力。このクリエイティヴさが、彼女の若さの秘訣なのでしょう。

オフィシャル・サイトはこちら。[http://www.madonna.com/]