洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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セ・ラ・ヴィ / ロビー・ネヴィル
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 カリフォルニア生まれのミュージシャン、ロビー・ネヴィルのヒット曲。彼のアルバム『ロビー・ネヴィル』(1986年)からの1stシングルで、全米チャートでは87年1月に2週連続2位を記録しています(そのときの1位は、グレゴリー・エイボットの「シェイク・ユー・ダウン」と、ビリー・ヴェラの「アット・ディス・モーメント」)。ミディアム・テンポながらダンサブルなナンバーで、ゆったりとしたグルーヴ感が心地よい曲です。



2枚目のシングル「ドミノ」も14位まで上がりましたが、その後はヒットに恵まれず。1996年には、松田聖子とのデュエット曲「I'll Be There For You」(松田聖子主演のハリウッド映画『サロゲート・マザー』の主題歌)をリリースしています。
公式サイトによれば、現在の活動は他のアーティストへの楽曲提供が中心のようですが、2015年には久しぶり(2000年代になってからは初めての模様)のアルバム『Party Pop』をリリースしています。
http://www.robbienevil.com/





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ダンシング・シスター / ノーランズ
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 キャンディ・ポップ・コーラス・グループ、ノーランズの日本でのデビュー・ヒット(79年)。原題は「'm In The Mood For Dancing」。親しみやすく軽快なダンス・ナンバーで、イギリスでは80年に3位まで上昇しましたが、日本ではそれをはるかに上回る大ヒットとなり、80万枚という洋楽のシングルとしては異例ともいえる大ヒットを記録しています。日本ではアイドルとしてプロモートされて、それが大当たり。当時は小学生から大人まで幅広い人気を誇り、確か山上たつひこの漫画「ヨイショで満開」の扉に「ダンシング・ファミリー/ザ・マンカイズ」として巻頭に登場した記憶があります(かなりあやふや記憶)。当時のイギリスの音楽雑誌「ミュージック・ウィーク」80年第1四半期では、ノーランズが第4位にランキングされています(ちなみに1位は「恋のスカ・ダンス」のザ・ビート、以下マッドネス、ユーリズミックスの前身ザ・ツーリストと続いています)。
 元々はアイルランドのダブリン出身のグループ。両親がスィート・ハーツ・シンガーズというデュオで活躍しており、その後姉妹が加入、ファミリー・グループとなりますが、イギリスに渡って姉妹だけのノーラン・シスターズとなります。75年には御大フランク・シナトラのヨーロッパ・ツアーにも同行したとのこと。そしてこの「ダンシング・シスター」で日本中にキャンディ・ポップ旋風を巻き起こし、トップ・アイドルとなりました。メンバーはアン、リンダ、モーリン、バーナデット(リード・ヴォーカル)、コリーンの5人(その後長女アンが出産のために脱退し、4人に)。この曲以外にも「恋のハッピー・デート」「セクシー・ミュージック」等のヒットを放ちますが、80年代中期には活動を停止しています。その後89年に「ダンシング・シスター'89」で復活、91年には逆カヴァー・アルバム『世界でいちばん熱い夏』をリリースしています。





↓日本語ヴァージョン





スタンド・バック / スティーヴィー・ニックス
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  83年にリリースされた彼女の2枚目にあたるソロ・アルバム『ワイルド・ハート』からのシングルで、全米5位まで上昇。彼女のハスキーな声が魅力的なナンバーです。
 スティーヴィー・ニックスはフリートウッド・マックのヴォーカリストとして活躍した女性で、74年ボブ・ウェルチの後釜としてリンジー・バッキンガムとともにマックに加入します(二人は73年に『Buckingham Nicks』としてアルバムをリリースしている)。そして『ダンタスティック・マック』(75年)、『噂』(77年)の大ヒットによって、フリートウッド・マックは(ピーター・グリーン時代とは異なり)大メジャー・バンドとなりました。その後バンド活動と並行してソロ・アルバムもリリ-スしていますが、90年代に入ってバンドを脱退します。しかし90年代末には復帰、2003年のツアーを収めたDVD『ライブ・イン・ボストン』もリリースされています。彼女は1948年生まれですから、50歳をとうに過ぎてます。しかしオフィシャル・サイトの「Photo」を見る限り、少し丸くなった感じはしますが、相変わらず綺麗ですね。

  彼女のオフィシャル・サイト「Nicks Fix」 [http://www.nicksfix.com/]

  フィリートウッド・マックのオフィシャル・サイト [http://www.fleetwoodmac.com/]
















マジック / ディック・セント・ニクラウス
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 79年に日本だけでヒットした曲。メロウ&ライトなAORで、都会的で洗練された雰囲気と哀愁ある「泣き」のメロディーが日本人好みで、大阪の輸入盤店から火がつきました。これに乗じたレコード会社(EPICソニー)も「大阪限定」を売りにしてプロモート、全国的なヒットにつながりました。
 歌っているディック・セント・ニクラウス(Dick St. Nicklaus)は、ワシントン州ワキマの出身。高校生の頃、キングスメンというバンドに参加、1963年に「ルイ・ルイ」という曲をヒットさせます。69年にバンドが解散すると、ロサンゼルスに出てきて音楽出版社に勤めました。73年から2年間ほどプロデュースを学んだ後、自らも歌うようになり、リリースしたのがアルバム『マジック』です。




ロックバルーンは99 / NENA
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 紅一点ネーナ・ケルナーを中心とするドイツ出身の5人組、NENAのヒット曲。ドイツ語で歌われている曲としては珍しく、84年に全米2位まで上がりました。徐々に盛り上がってくる魅力的なイントロ、ジャーマン・ロックにしては珍しいポップな曲調、そして何と言ってもネーナのキュートな魅力で日本でも大ヒットしました。なおこの曲には「99 Red Balloons」というタイトルの英語ヴァージョンもあります。86に解散しますがアメリカでヒットしたのはこの1曲のみで、アメリカではまさに一発屋でした。『100HITS 80s』というコンピには、英語ヴァージョンが収録されています。

 ネーナ・ケルナー嬢は1960年生まれで、今年46歳になりますが現在もソロで元気に活躍中。確か子どもが4~5人(うち双子も1組いたはず)いるはずですが、精力的にコンサートなどもやっているようです。オフィシャル・サイトはこちら。もちろんドイツ語です。

〈ドイツ語ヴァージョンのPV:You Tubeより〉


〈英語ヴァージョンのPV:You Tubeより〉



 歌詞はこちら(英語・ドイツ語両方ともあり)






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