洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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Oh, シーラ / レディ・フォー・ザ・ワールド
 ミシガン州フリント出身の6人組、レディ・フォー・ザ・ワールドが1985年に放った全米No.1ヒット。ダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナッシング」から1位の座を奪い、10月12日にトップに立っています。年間チャートでは31位。ちなみに1位を譲ったのは、A-Haの「テイク・オン・ミー」でした。 http://www.billboard.com/archive/charts/1985/hot-100

IMG_1399.jpg


 ファンク/ソウル系のエレ・ポップで、プリンス直系の音作りです。タイムなどのいわゆるミネアポリス・サウンド。リーダーのメルヴィン・ライリーのヴォーカルをはじめ、シンセドラム、キーボードなどもプリンスそっくりで、バックのリズムはプリンスの「レディ・キャブ・ドライバー」そのまま。おまけにタイトルが「Oh, シーラ」で、当時プリンスのパートナーだったシーラ・Eのことを歌っているという話もありました。





 この曲に続いて『Ready For The World』からカットされた「Digital Display」は21位までしか上がりませんでしたが、86年には「Love You Down」を全米9位に送り込んでいます。1991年に1度解散し、メルヴィン・ライリーはソロ活動を行っていましたが、2004年に再結成し、現在も活動しています。ただ、ツイッターも更新が止まり、公式サイトも削除されています。
 RFTWのツイッター https://twitter.com/rftwmusic


「ソウル・トレイン」でのレディ・フォー・ザ・ワールド


 オランダのユニット、エンジェル・シティがイギリスの女性シンガーLara McAllenとともに「Love Me Right」というタイトルでカヴァーしました。


Angel City - Love Me Right


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ガール・イン・トラブル / ロミオ・ヴォイド
ロミオ・ヴォイド


 原題は「GIRL IN TROUBLE (IS A TEMPORARY THING)」。Romeo Void3枚目のアルバム『インスティンクツ』からのシングルで、1984年に35位まで上がった中ヒット曲。ではありますが、忘れ去るにはもったいないほど良い曲です。哀愁あるメロディーにからむサックスと情感豊かなヴォーカルが魅力で、日本人受けする曲だと思います。プロデュースはデヴィッド・カーンDavid Khane。ニューオーダーの『クリスタル』にクレジットされているのはこの人?たぶんバングルスを手がけた人だと思います。


 日本ではあまり話題にならなかった彼女らはサンフランシスコ出身の5人組。ヴォーカルの紅一点デボラ・イェール(Debora Iyall)はなかなかインパクトある風貌でした。デボラ嬢はネイティヴ・アメリカンのようです。彼女以外のメンバーは、ピーター・ウッズ Peter Woods(ギター)、ベンジャミン・ボシィBenjamin Bossi(サックス)、フランク・シンカヴェイジFrank Zincavage(ベース)、アーロン・スミスAaron Smith(ドラム&パーカッション)の4人。結成は79年です。

 サンフランシスコ・アート・インスティチュートSan Francisco Art Instituteで知り合ったメンバーが中心となって結成されたこのバンド、81年にアルバム『It's a Condition 』でデビューしています。このアルバムは、ベイ・エリアででは有名なインディー・レーベルの415(パール・ハーバー&ジ・エクスプロージョンズなどがいたレーベル)からリリースされました。82年にカーズのリック・オケイセックがプロデュースした「ネヴァー・セイ・ネヴァーNever Say Never,」がヒットして注目され、82年には2枚目のアルバム『Benefactor,』をリリースします。85年には解散したようですが、2004年にはVH1のイベントで再結成したようです。デボラ嬢は86年にソロ・アルバムをリリースしています。










トーキング・イン・ユア・スリープ / ロマンティックス

romantics.jpg



 彼らの4枚目のアルバム『イン・ヒート(IN HEAT)』からのシングルで、84年に全米で3位まで上がるヒットとなりました。歌詞がユニークで、恋人が寝言で言ってたことが気になって苛立つ心を、ストレートなロックに乗せて歌っています。バンド名は当時の「ニューロマ」を思い出しますが、音とルックスはロックっぽい感じです。
 ロマンティックスは、ウォーリー・パーマー(G,V)、マイク・スキル(G,V)、リック・コール(B,V)、ジミー・マノリス(D,Per,V)の4人組によって、1977年のバレンタイン・デーにデトロイトで結成されました(アルバム・デビューは79年)。その後リック・コールが抜け、代わってコズ・キャンレー(G,V)が加入、マイク・スキルがベース担当となっています。「第2のナック」を夢見ながらも、「ブリティッシュ・インヴェンション」によって多くのアメリカン・バンドが消えていった中で、しぶとく生き残ったのが彼らでした。第2弾シングル「ワン・イン・ア・ミリオン」もトップ40入りしました(37位)。










危ないダンシング / リ・フレックス
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 原題は「Politics of Dancing」で、ダイヤルMの「モダン・デイ・ラヴ」と並ぶ、80年代の隠れたテクノ名曲。84年に全米で24位まで上がりました。ランドスケイプを思わせるイギリス的な暗めのサウンドですが、思いっきりダンサブルにした感じで、一度聴いたら病みつきになりそうな曲でした。
 リ・フレックス(RE-FLEX)はバクスター(ギター、ヴォーカル)と、ポール・フィッシュマン(キーボード、コンピューター)の2人が中心となり、1982年にイギリスで結成されました。83年、当時売れっ子だったジョン・パンターのプロデュースで、同名のアルバムをリリースしましたが、その後ポールが同系統のトンプソン・ツインズにスカウトされ、バンドは解散しました。
 元リッチ・キッズ~ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロのソロ・アルバム『ギフト』に参加しているナイジェル・ロス・スコットなる人物は、このリ・フレックスのメンバーだったようです。
 現在このCDはかなり高価で取り引きされていますが、『Pulsating Grooves, Vol. 3』というコンピレーションには、この曲のレアな12インチ・ヴァージョンが収録されています。








ウオッチング・ミー / ロックウェル
rockwell.jpg


  原題は「SOMEBODY'S WATCHING ME」で、84年に2位まで上がった、ブラック・コンテンポラリーなダンス・ナンバー。この曲はヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」とケニー・ロギンスの「フットルース」に阻まれて残念ながらトップに立つことができず、3位・2位・2位・2位・3位というチャ-ト・アクションでした。当時『スリラー』が大ヒットしたマイケル・ジャクソンがコーラスで参加していたこともヒットした要因でしょうが、曲自体も緊張感溢れたイイ曲です。
 ロックウェルことケネディ・ゴーディは、モータウンの創設者ベリー・ゴーディーの息子。マイケル・ジャクソンの参加もモータウンつながり。 84年にアルバム『スキャンダラスな肖像』でデビューしますが、あまり働く必要もないせいか?、その後は活動をしていないようです。


Youtube のPV  http://www.youtube.com/watch?v=Uu1RP34FLXU&feature=fvste2










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