洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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チャリオッツ・オブ・ファイアー / ヴァンゲリス

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 映画『炎のランナー』(1981年、イギリス)のサウンドトラックで、メインテーマとして使用された曲。シンセサイザーによるインスト曲ながら、7週連続でトップの座を守っていたジョーン・ジェット&ザ・ブラック・ハーツの「アイ・ラヴ・ロックンロール」に代わってNo.1となりました(1982年5月8日付の『ビルボード』)。しかし翌週には、これまた7週連続No.1の「エボニー・アンド・アイボリー」(ポール・マッカートニー&スティーヴィー・ワンダー)にトップの座を奪われるという不運なナンバーでもあります。今でも時々テレビ番組のBGMやスポーツイベントなどで使用されるので、耳にしたことがある人も多いでしょう。

 演奏しているのは、ギリシア出身のシンセサイザー奏者であるヴァンゲリス・パパサナシュー。日本の映画『南極物語』や、リドリー・スコット監督の映画『ブレードランナー』などのサントラを手がけたことで有名です。ヴァンゲリスについては、Wikipediaの記事を参照してください。






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テーマ:音楽 - ジャンル:音楽


レフト・オブ・センター / スザンヌ・ヴェガ
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 ジャケットにもあるように、パラマウント映画『プリティ。イン・ピンク』のサントラ(86年)からのシングル・カット。この映画はサイケデリッック・ファーズの同名曲にもとづいて制作された青春映画で、このスザンヌ・ヴェガの曲は主人公の女性がボーイフレンドと一緒に勉強しているシーンでラジオから流れてきます。共同プロデューサーには、アーサー・ベイカーが名を連ね、さりげなく使われた打ち込みがスザンヌの醒めたような歌とよくマッチした作品です。ピアノを弾いているのがジョー・ジャクソンであるのも当時話題となりました。
 私はスザンヌ・ヴェガ(1960年カリフォリニア州サンタモニカ生まれ)が大好きで、当時はよく聴いていました。ジョニ・ミッチェルやリッキー・リー・ジョーンズの系譜をひきながらも、彼女らと違って感情を抑えたような冷徹な感覚が、凛とした冬の朝のようでとても好きでした。英国のネオ・アコ勢とは違って、大都会の冷たさみたいなものが感じられます。




フェイド・トゥ・グレイ / ヴィサージ
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  80年にリリースされた、エレポップ/ニュー・ロマンティック(ニューロマ)を代表する1曲がこの「Fade To Grey」。エレクトリックな無機質さと退廃的な雰囲気が同居した中に、哀愁も漂う好ナンバーです。この頃がリリースされた頃は、チューブウェイ・アーミー(ゲイリー・ニューマン)もブレイクした時期で、ゲイリーとヴィサージの音楽性には共通するものが感じられますが、このユニットのメンバーであるビリー・カーリー(key)はゲイリーの全英ツアーに同行しています。盤面のコンポーザー・クレジットが、「Currie / Payne / Ure」となっているところからみると、音楽的なリーダーは元リッチ・キッズ(セックス・ピストルズを脱退したグレン・マトロックのバンド)のミッジ・ユーロと、当時ウルトラヴォックスのビーリー・カーリーが担っていたものと思われます。ちなみにB面「ステップス」のクレジットは「Strange / Ure / Currie / McGeoch」となっています。
 ヴィサージ(Visage)の中心は、クラブでDJをしていたスティーヴ・ストレンジことスティーヴ・ハーリントンと、ミッジ・ユーロの二人で、この2人にビリー・カーリー(ウルトラヴォックス)とマガジンの3人(デイヴ・フォーミューラ、ジョン・マクガフ、バリー・アダムソン)が加わっています。またプログラマーとして、後にランドスケイプで「アインシュタイン A-GO GO」のヒットを飛ばすリチャード・バージェスが参加していたのも有名な話。なおマガジン解散後、ジョン・マクガフはスージー&ザ・バンシーズに、バリー・アダムソンはニック・ケイヴのバッド・シーズに参加します。ヴィジュアル面を強調したスティーヴの戦略は見事に大当たりし、カルチャー・クラブらのフォロワーを生みました。日本では『ミュージック・ライフ』で「スティーヴ・ストレンジの顔デザイン・コンテスト」が実施されたほどです(笑)。まあ確かにVisageってフランス語で「顔」ってイミではありますが。
 中心メンバーの一人ミッジ・ユーロはその後、故フィル・ライノット率いるシン・リジィのサポート・メンバーとして来日したこともありますが(『ミュージック・ライフ』のフォト・セッションでは、日本刀を構えたフィルやバラの花を持ったスコット・ゴーハムの写真に比べて、彼の写真は異常に小さかった.....小道具もなかったし)、有名なのはジョン・フォックス脱退後のウルトラヴォックスに加入、「ニュー・ヨーロピアンズ」「ヴィエナ」等のヒットを放ったことでしょう。ミッジ参加後のウルトラヴォックスは、ジョン・フオックス時代のパンキッシュなテクノとは異なり、ニューロマの一つに数えられますが、彼のウルトラヴォックス参加は、このヴィサージでビリー・カーリーと知り合ったことによるものです。
 ※ミュージック・マガジン社の『英国ロックの深い森1976-1990』のVisageの項目では、「ゲイリー・ニューマン→ギャリー・ニューマン」「ミッジ・ユーロ→ミッジ・ユア」「ジョン・マクガフ→ジョン・マッゲオ」という原語発音により近い表記になっていますが、慣用的な表記にしました。






ジャンプ / ヴァン・ヘイレン
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 タイトル通り1984年にリリースされた『1984(MCMLXXXIV)』からのシングルカットで、全米No.1を記録した大ヒット曲。80年代を代表する曲の一つでしょうね。エドワード・ヴァン・ヘイレンというと、ハイテクニックなギタリスト(『Listen to this, Eddie』なんていうツェッペリンの有名なブートもある)というイメージですが、この曲ではシンセを弾いています。カヴァー曲「ユー・リアリー・ガット・ミー」でのハードなイメージから一転、ポップな路線となり幅広い人気を得ました。PVで宙返りを見せるデヴィッド・リー・ロスのキャラクターも個性的でした。ラジオ日本で土曜日に放送されていた『全米トップ40』で、湯川れい子さんが歌詞の解説をしてましたが、「Might as well」の意味をこの曲で覚えました。
 タタキ文句は、
「JUMP」を聴いたらBEDにおいで。