洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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エヴリバディ・ハヴ・ファン・トゥナイト / ワン・チャン
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 イギリス出身ながら、本国よりもアメリカで人気があったワン・チャン最大のヒット曲。彼らの4枚目のアルバム『モザイク』からの1stシングルで、1986年末から翌年にかけて全米2位を記録しました。2週連続2位となりながらもトップに立てなかったのは、当時人気絶頂だったバングルスの「エジプシャン(Walk Like An Egyptian)」という強力なナンバー(4週連続1位)と同時期にあたってしまったという悲運が原因。
 バンド名通りのややオリエンタルな雰囲気も感じられる一方、彼らの魅力である「ロックよりのダンサブルなエレ・ポップ」が炸裂する好ナンバーです。サビの部分で"Everybody Have Fun Tonight"を"Everybody Wang Chung Tonight"と歌うところもおもしろい。プロデュースは、スターシップの「シスコはロック・シティ」を手がけた、オーストリア出身の方の(元J.ガイルズ・バンドのヴォーカルじゃない方の)ピーター・ウルフ。続く2枚目のシングル「レッツ・ゴー」も9位とトップテン入りを果たし、3枚目の「ヒプノタイズ・ミー」は36位まで上がりました。


ゴドレイ&クレームによるプロモーション・ヴィデオ。コマ撮りを駆使した映像は、「てんかん発作を起こす」とされ放送禁止となった模様(英語版Wikipedia)。


バック・ヴォーカルの女性の存在感がハンパないスタジオ・ライヴ



「レッツ・ゴー」 中国と日本を勘違いしてる?



「レッツ・ゴー」のスタジオ・ライヴ



 「ヒプノタイズ・ミー」ヴォーカルのジャック・ヒューズは「キャメロン・ディアスに似てる」という声があったが、むしろ幸田シャーミン。







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パートタイム・ラバー / スティービー・ワンダー
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 スティーヴィー・ワンダーの20枚目のアルバム『イン・スクエア・サークル』(1985年)からの先行シングルで、11月2日に全米No.1となりました。
 シュープリームスの「恋はあせらず」で有名なモータウンのリズム(ホール&オーツの「マンイーター」やジャムの「悪意という名の街」など)を使い、ダンサブルであると同時に打ち込みでクール仕上げた曲です。バック・ヴォーカルにルーサー・ヴァンドロスやフィリップ・ベイリーが参加しています。



 この曲は日本でカセットテープのCMに使われました。そのせいか、日本でリリースされた7インチには、2種類のスリーヴが存在します。番号はどちらも同じくVIPX-1820ですが、CMの写真を使用したヴァージョンと、笑顔のスティーヴィーのヴァージョンの2種です。笑顔ヴァージョンには『イン・スクエア・サークル』について「10月21日発売予定」とありますが、CMヴァージョンにはカセットテープの広告が印刷されています。CMの映像が完成した後、変更されたのかもしれません。


TDKカセットテープのCM


カセットテープCMの完全版





想い出のステップ / マシュウ・ワイルダー


 ニューヨークはマンハッッタン出身のシンガーソングライター、マシュウ・ワイルダー(MATTHEW WAILDER、1953年1月24日生)が1983年にリリースした曲で、欲84年1月に全米5位まで上がったヒット曲です。ちなみに「キャッシュボックス」誌では2位まで上がっています。軽快でダンサブルなんだけど、どこかノスタルジック....という不思議な曲。プロデューサーとしてクレジットされている3人のうち、Peter BunettaとRick
Chudacoffの二人は、ロビー・デュプリの名AORヒット曲「二人だけの夜(Steal Away)」にプロデューサーとしてクレジットされています。




 原題は「Break My Stride」で、「Ain't nothin' gonna to break my stride♪(誰も私の歩みを止めることはできない)」という歌詞の一節から。「Ain't nothin' gonna to break my stride」という女性に対して、「Never let another girl like you, work me over」と男性が返しているので、手に負えない女性に苦労してる男性のことを歌っているのでしょう。

 マシュウ・ワイルダーはこの曲のヒットの後、同じく84年に「The Kid's American」(「想い出のステップ」と同じくアルバム『I Don't Speak the Language』からのカット)が33位、さらに同84年リリースのセカンド・アルバム『Bouncin' Off the Walls』からカットされたタイトルナンバー「Bouncin' Off the Walls」が52位まで上がっています。その後は他人への曲提供やプロデュース業などを行い、中でも彼がプロデュースしたNo Doubt のアルバム『Tragic Kingdom』(95年)は、全米1位を獲得し、年間チャートでも2位となる大ヒットを記録しました。
 98年のディズニーアニメ『ムーラン』には、クリステーナ・アギレラ(日本語版では伊東恵里)が歌った「リフレクション」などの曲提供を行い、映画の中でもリンの歌の部分(他の部分はゲディ・ワタナベ)を担当とクレジットされています。







バッド・ボーイズ / ワム!
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 デビュー・アルバム『ファンタスティック!』(83年)のオープニングを飾るナンバー。今聴くとシンセの音が相当にレトロなんですが、やはり勢いを買いたいナンバーです。サビの部分の「Hu!Hu!」っていう部分が耳にこびりついて離れません。デビュー当初は「バッド・ボーイズ」な感じでプロモートされようとしたのでしょうが、その後はそんな枠をぶち壊してビッグになっていったのは、ジョージ・マイケルの才能ゆえ。先頃アンドリュー・リッジリーが再結成にOKを出したとのニュースが報じられました。







キッズ・イン・アメリカ / キム・ワイルド
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 82年に全米で25位まで上がったデビュー曲です(リリースは81年)。コンポーザー・クレジットのM.WIlde(作詞)は彼女の父親マーティ・ワイルドで、彼自身「Teenage In Love」「Rubber Ball And Donna」等のヒット曲をもつシンガー。また作曲のR.Wildeは彼女の1歳年下の弟リッキー。♪We're the kids in America~ooh♪というサビが耳に残って離れないロック・ナンバー。
 ちょっと鼻にかかった声とツッパリ気味のクールさがなんともカッコよかった彼女ですが(デビュー当時20歳)、オフィシャル・サイトの写真を見ると、なんか落ち着き払ったオバチャン風になってます。最近ではガーデナーとして本も出しているようです。
 オフィシャルサイトはこちら。http://www.kimwilde.com/










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