洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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墜ちた天使 / J.ガイルズ・バンド
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 82年、ついに彼らが全米No.1を獲得したナンバーで、 80年代を代表するヒット曲の一つ。原題は「CENTERFOLD」で、「墜ちた天使」という邦題は、言い得て妙ですね。格好悪いんだかイイんだかよく分からない♪ナ~ナ~ナナナナ~ナ~ナ~♪のコーラスは、最近でもフジテレビの「めざましテレビ」の一部で使われてましたし、発泡酒のCMにも使われていました。
 80年代にはいると、バンド内の音楽的主導権は一見地味なセス・ジャストマン(キーボード、写真では向かって一番左)が握るようになります。「カム・バック」はセスとピーターの共作で、この曲はセスの作詞作曲ですが、この方向性がピーターの脱退を招いたような気もします。ピーター脱退後は、セスがヴォーカルをとってB級ホラー映画『フライトナイト』のサントラなんかを担当していたが、これはもはやJ.ガイルズ・バンドとは言えないでしょう。ピーターのソロ『ライツ・アウト』のCDは結構レア。



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ウーマン・イン・ザ・ウィングス / マディ・プライア
スティーライ・スパンのヴォーカル、マディ・プライアの初ソロ。プロデュースはイアン・アンダーソンで、ジェスロ・タルのメンバーも参加。ヤフオクで1700円。日本盤オビ付き。



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キング・オヴ・ザ・マウンテン / ケイト・ブッシュ
ebayで0.99ドル(総支払い7.74ドル)。安かったよかった....と思ったらAmazonJPではUK盤が791円で売ってる。失敗。
 個人的はB面に感涙。これはマーヴィン・ゲイのカヴァーで、確か彼の最後のシングルヒット。美人看護婦さんに血圧を測られて、ドバーッと血圧が上がるプロモ・ヴィデオがユニークでした。できればget up, get up, get up......wake up, wake up, wake up......っていう囁き部分もケイトに歌って欲しかった。




In Session / ニュー・オーダー
ebayで14.32ドル(新品のbuy it now、総支払い19.31ドル)。売り主はAmazonJPのマーケットプレイスにもよく出品しているケイマン。AmazonJPのマーケットプレイスにも出しているけど、2702円とケイマンにしてはえらく高値。




ロック・イット / ハービー・ハンコック
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 ジャズ界の大物ハービー・ハンコックが83年にリリースした『フューチャー・ショック』からのカット。それまでとは一転してによるエレクトロニクスを駆使した「打ち込み」(今や死語?)によるこの曲で、アナログ・レコードをこする「スクラッチ」という技法が広く世に知られるところとなりました。
ハービー・ハンコックは、1940年にシカゴで生まれました。7歳でピアノを始め、わずか11歳にしてモーツァルトのピアノ協奏曲をシカゴ交響楽団と共演したほどです。高校時代より彼のフィールドはジャズに移行し、その後帝王マイルス・デイヴィスのバンドに加入します。マイルスのバンドを離れた後はファンク・ミュージックに接近し、ロック的なアプローチを強めることになりました。当時売れっ子だったZTT総帥トレヴァー・ホーンは、この曲について「ハービー・ハンコックの精神状態が心配だ」(アート・オヴ・ノイズの日本盤ライナーより)と語ってましたが、シーンに与えた影響はZTT以上であったと言ってよいでしょう。
 とりわけグラミー賞の授賞式で見せたこの曲のパフォーマンスは強烈で、ハービーがスクラッチを始めると、それまで単調な動き(一方が片方の頭を叩いたり)ゆえに人形であると思われていた数名のダンサーが突如ブレイク・ダンスを踊り出すというもの。自分の襟首をつまんでロボットのような動きをみせる様はまさに近未来のダンスでした。演奏が終わってハービーが両手をあげたとき、メンバーの一人が遅れてしまったのはご愛敬。





アイ・ライク・ショパン / ガゼボ
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 まさに「一発屋」という言葉がピッタリなのがこのガゼボ(GAZEBO)。彼はイタリア人外交官の父とアメリカ人歌手の母を持ち、レバノンのベイルートで生まれたというインターナショナルな人です。本名はパウロ・マゾリーニ・デル・ガゼボ、とモロにイタリアン。
 印象的なシンセのイントロに切ないピアノがからみ、歌詞も甘くセンチメンタルだという日本人好みの歌で、この「I LIKE CHOPIN」は84年にオリコンで9位まで上昇、20万枚以上のセールスを記録する大ヒットとなりました。日本でも小林麻美が松任谷由実の歌詞でカヴァー、「雨音はショパンの調べ」というタイトルでヒットしました。高校生の頃、今は亡き松田優作主演の角川映画「野獣死すべし」に出演していた小林麻美嬢をみたとき、なんて綺麗な人だろうと思ったものです(笑)。
 ところで私が持っている7インチのジャケットは、ハピネット・ロビンの「洋楽パラダイス」のミニチュアジャケットとはデザインが違うんですが....詳細をご存じの方、情報をください。98年にリミックスがリリースされています。『Viewpoint』というベスト盤に、Radio Edit が収録されています。









ビバリーヒルズ・コップのテーマ / ハロルド・フォルターメイヤー
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 映画『ビバリーヒルズ・コップ』のサントラからのカットで、主演のエディ・マーフィー扮するデトロイト警察のアクセル・フォーリー刑事のテーマ・ソング(原題は「AXEL F.」)。インスト曲ながら85年に3位まで上昇し、B面のパティ・ラベル「ニュー・アティチュード」も17位まで上昇するヒットとなりました。クールなシンセ・ポップが、夜のロサンゼルスの街によくマッチしており、アクセル刑事が尾行をまくために車のマフラーにバナナをいれておくといった映画のシーンが思い出されます。
 ハロルド・フォルターメイヤー(HAROLD FALTERMEYER)は同じく『ビバリーヒルズ・コップ』のサントラからカットされてヒットしたグレン・フライ「ヒート・イズ・オン」のコンポーザーでもあり、他にはファルコ、ローラ・ブラニガン、スパークスなどのミックス/プロデュースを行っています。『ビバリーヒルズ・コップ』以外にも、トム・クルーズの『トップ・ガン』、アーノルド・シュワルツネッガーの『バトル・ランナー』等、映画音楽を数多く手がけています。

 『ビバリーヒルズ・コップ』で一番印象に残っているシーンは、アクセル刑事が情報収集のために会員制クラブに潜入しようとする場面です。入店を断られると、アクセル刑事は同行していたロス市警の刑事を「フォード元大統領」って紹介するんですねぇ。で、入店するわけですが、ここで米人は爆笑。フォード大統領は、ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞任した際、副大統領から昇格した大統領です。無難に政治を運営しましたが、次の大統領選ではカーターに敗れます。まあ、印象の薄い大統領ってことですね。戦後史の授業でいつもこの映画の話をするんですが、最近は『ビバリーヒルズ・コップ』を知らない生徒も多い?






キング・オヴ・ザ・マウンテン / ケイト・ブッシュ
7インチのアナログ・ピクチャー・ディスク。ebayで£2.49(総支払い£4.49)。




ステイ・ウィズ・ミー / エイス・ワンダー
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 当時17歳のパッツィ・ケンジット(Vo)を中心としたイギリスの6人組(ドラムのジェイミーはパッツィの実兄)、エイス・ワンダー85年のヒット曲。ミニスカートがトレードマークのパッツィのキュートで甘いヴォーカルをメインとした、イントロが印象的なポップ・ソング。日本盤シングルは、パッツィの着せ替え付き(笑)。

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この絵に(パッツィに全然似てない....)


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このシールを貼り付ける。

 子役として活躍していたパッツィは、86年にジュリアン・テンプル監督の映画『アブソリュート・ビギナーズ』(デヴィッド・ボウイも出演)に主演、その後彼女が女優業に専念するようになりバンドは解散します。その後パッツィは、92年にシンプル・マインズのジム・カーと結婚、離婚後は97年にオアシスのリアム・キャラガーと結婚し、一児をもうけました(現在は離婚)。



PRIZEFIGHTERS / GTR
ヤフオクで1300円。100円がスタートだったので、かなり上がった。86年6月24日のボストン公演を収録。




ユー・スピン・ミー・ラウンド / デッド・オア・アライヴ
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 デッド・オア・アライヴが一気にブレイクしたディスコ・ヒット・ナンバー。2ndアルバム『ユースクウェイク』(84年)からの第1弾シングルで、85年に全英No.1、全米でも11位を記録しました。
 リーダーのピート・バーンズは、リヴァプールの出身で同市出身のピート・ワイリー(のちWah!を結成)、ジュリアン・コープ(のちティアドロップ・エクスプローズを結成)、フィル・ハーストらとミステリー・ガールズというグループを結成し、このグループ解散後にピートが結成したナイトメア・イン・ワックスがデッド・オア・アライヴの前身です。
 当初のデッド・オア・アライヴはゴス的なイメージを持ったネオ・サイケ・バンドでしたが、メジャーデビューを機にイメチェン、84年にはKC&ザ・サンシャイン・バンドのカヴァー「ザッツ・ザ・ウェイ」がヒットします。そしてストック・エイトキン&ウォーターマンが手がけた『ユースクウェイク』で大ブレイクし、この曲が日・英・米で大ヒットしました。B面の「MISTY CIRCLES」のミックスは、ピート・ワイリーの「SINFUL!」を手がけたゼウス・B・ヘルド(彼は故コニー・プランクの弟子だった)が行っています。このシングルの日本盤(07・5P-365)は、見開きジャケットにピート・バーンズが飛び出す仕掛けがついていたり、クイズがついていたりと完全にミーハー仕様。
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 このクイズは、以下の8問。1.ピート・バーンズは男でしょうか?女でしょうか?、2.ピート・バーンズは、ボーイ・ジョージもマリリンももっていないものがあります。それは何でしょう?、3.ピート・バーンズは、イギリスの何という町に住んでいるでしょうか、4.ピート・バーンズはいつも鼻にピアスをしていますが、何でできたピアスをしているでしょう。5.ピート・バーンズがはじめてメイク・アップをしたのは何歳の時からでしょう。6.ピート・バーンズが最も嫌っている自分のレコードは? 7.ピート・バーンズは体に刺青をしていますが、さて何のデザイン? 8.デッド・オア・アライヴは何人組?

 もともとちょっと変態気味だったピート・バーンズですが、オフォシャル・サイトの写真をみると、もうやめてくれという感じです。

 私が持っているコンピレーション『ポップ・アップ80'S』や『ヒット・ヒーローズ70's~80's』等では、このシングル・ヴァージョンとは違って"rock it, rock it"というかけ声で始まります。






グラマラス・ライフ / シーラ・E
日本盤オビ付き。ヤフオクで1100円。スタートは600円だったので、けっこう上がりました。




ジャック&ダイアン / ジョン・クーガー
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 ジョン・クーガーが82年にリリースしたアルバム『アメリカン・フール』からのシングルで同年にNo.1を記録した曲。アルバムもNo.1となり、この年彼はグラミーで最優秀男性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞しました。
 次作『Uh-Huh』から彼はジョン・クーガー・メレンキャンプと名乗るようになりますが(現在はジョン・メレンキャンプ)、このシングルでも、レコード盤面のコンポーザー/プロデューサーのクレジットは、すでに「ジョン・クーガー・メレンキャンプ」名義になっています。彼は1951年10月7日の生まれですから、今年は56歳ということになりますが、オフィシャル・サイトをみると、渋さが増した感じです。
 スローな曲調のシングルとしては少々時間が長い(4:16)のため、後半♪So let it rock~♪からダレる感じがなきにしもあらずですが、やはり名曲と言っていいでしょう。彼のハスキーな声とセンチメンタルな歌詞、アコースティック&エレクトリック・ギターの絡み、重厚なドラムといった組み合わせは、「大人のロック」という感じです。
タタキ文句は、
「過ぎ去りし想い出を胸に秘め、明日に向かって疾走するクーガー。詩情溢れるハスキー・ヴォイスが心を揺さぶる。」




ハート・オブ・グラス / ブロンディ
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 ブロンディ初のヒット曲で、79年に全米No.1(もっともイギリスではアメリカよりも早く78年にはブレイクしている)。アルバム『恋のハートビート』(原題『EAT TO THE BEAT』)の日本盤にはボーナス・トラックとして収録されていました。、♪na,na,na♪というコーラスの部分が覚えやすい、いわゆる「ディスコ調」の曲ですが、歌詞はちょっと切ない感じ。昨年リリースされた2004年のステージを収録したライヴ盤にも収録されおり(元気!)、彼女らの代表曲といってもいいでしょう。
 以前NHK深夜にロックの歴史を振り返る、みたいな番組があった際にこの曲のエピソードが紹介され、もとはもっと暗いレゲエ調の曲だったという話が出ておりました。デビーが踊るPVも綺麗でよかったです。口にくわえたコードがビヨヨ~ンと震えるところがユニークでした。NHKの「ヤング・ミュージック・ショー」ではストラングラーズとの抱き合わせで特集されてましたが、「ヴィクター」のPVは強烈。














レヴォリューショナリー・ピアノ・オブ... / ニッキー・ホプキンス
ヤフオクで700円。日本盤オビ付き。スタートは500円。



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フロム・ザ・ハート / ブライアン・アダムス
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 カナダ出身のロッカー、ブライアン・アダムス初のヒットで、 83年に10位まで上昇しました。原題は「Straight From The Heart 」で、アルバム『カッツ・ライク・ア・ナイフ』からのシングル・カット。まだ青さも感じられますが、それもまた魅力で、青春のバラードといった趣です。日本ではコマーシャルに使用されました。ボブ・クリアマウンテンとブライアンの共同プロデュース。




050505 / NEW ORDER
タイトル通り2005年5月5日のハマースタイン・ボールルームでのライヴを収録。ヤフオクで2150円。CDRでオーディエンスながら、臨場感溢れる好アイテム。




昭和おもひで歌謡
ちあきなおみ「喝采」と、新谷のり子「フランシーヌの場合」。ヤフオクで各150円。入浴剤付きのCD。ちあきなおみ、歌うまいねぇ。「喝采」は石原裕次郎の歌もいい。




ロンリー・ハート / イエス
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 ブリティッシュ・ロックのプログレ四天王の一つ、イエスが放った84年の全米No.1ヒット。原題は「OWNER OF A LONELY HEART」。プロデュースは一時イエスのメンバーだったトレヴァー・ホーン。スティーヴ・ハウに代わって加入したトレヴァー・ラヴィンの起用は大成功。「テクノロジーを駆使した踊れるプログレ・ハード」というコンセプトをたてたのクリス・スクワイアの勝利でしょう。クラシックの素養が強いリック・ウェイクマンが、彼のコンセプトにそぐなわかなったことは十分理解できますね。またこの時期のイエスには参加していないスティーヴ・ハウが、同時期にリリースされたフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの『ウェルカム・トゥ・ア・プレジャー・ドーム』にアコースティック・ギターでクレジットされてるのは色々な意味で興味深い気がします。
 ちなみに上の写真は、「洋楽パラダイス」封入のCD。このシリーズのCDジャケってオリジナル通りなんでしょうか?私が持っているガゼボとサヴァイヴァー、ベイ・シティ・ローラーズは、この箱の写真と違うんですが?
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 この曲は91年にCDシングルで再発されました。オリジナル・ヴァージョン以外に、それぞれイエスの代表曲からタイトルを拝借した「Wonderous Mix」「2 Close to the Edge Mix」「Not Fragile Mix」の全4ヴァージョンが収録されています。「2 Close to the Edge Mix」は「危機」イントロ部のSEが随所にコラージュされたミックスですが、原型をとどめておらず期待ハズレのミックスでした。期待ハズレというと、12インチ(B9817T)もそうでした。「RED AND BLUE MIX(OWNER OF A LONELY HEART)」は、ベースラインが延々と続いて、ヴォーカルは♪Ohhh....というだけで、「なんじゃこりゃ」って感じです。ただ現行CD『90125』(邦題『ロンリー・ハート』)は未発表だった「エクステンディッド・リミックス」が収録されていていい感じです。
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PARTY HULA / パーティー・フーラ
ヤフオクで490円。




ミッシング・ユー / ジョン・ウェイト
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 ジョン・ウェイトが84年に放った全米No.1ヒット。地味な曲ながら、少々鼻にかかった甘い声で切々と歌うこのジョン・ウェイトに、中学私は「大人の世界」を感じていた(笑)。この人ははイギリス出身のミュージシャンで、76年にベイビーズを結成し、「Is't it time」等のヒットを放った。81年の解散後、1stソロ『Ignission』をリリースするが、ほとんど注目はされなかった。しかしクリサリスからEMIに移籍後、84年にリリースした2ndソロ『ノー・ブレイクス』からカットされたこの曲が大ヒットし、注目を集めた。
タタキ文句は、
「ソリッドに、ストレートにツッ走る。これがロックの本物の音だ!誰もが虚飾にうんざりしつくした今、埋もれていた本物が再びスターダムに駆け登った!!」





ジャンプ / ヴァン・ヘイレン
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 タイトル通り1984年にリリースされた『1984(MCMLXXXIV)』からのシングルカットで、全米No.1を記録した大ヒット曲。80年代を代表する曲の一つでしょうね。エドワード・ヴァン・ヘイレンというと、ハイテクニックなギタリスト(『Listen to this, Eddie』なんていうツェッペリンの有名なブートもある)というイメージですが、この曲ではシンセを弾いています。カヴァー曲「ユー・リアリー・ガット・ミー」でのハードなイメージから一転、ポップな路線となり幅広い人気を得ました。PVで宙返りを見せるデヴィッド・リー・ロスのキャラクターも個性的でした。ラジオ日本で土曜日に放送されていた『全米トップ40』で、湯川れい子さんが歌詞の解説をしてましたが、「Might as well」の意味をこの曲で覚えました。
 タタキ文句は、
「JUMP」を聴いたらBEDにおいで。








ヤフオクでの取り逃がし(LED ZEPPELIN)
ツエッペリンの73年6月2日サンフランシスコ、ケザー・スタジアム公演を収録した『VIBES ARE REAL 』(WATCH TOWER)をヤフオクで取り逃がした。先日2900円まで上がっていたので、2600円くらいならOKかなと思っていたが、3200円まで上がっていた。



グロリア / U2
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  80年代に登場した数あるバンド中、最大のバンドがU2です。彼らと同時期に活躍したアーティストが次々と失速していく中で、常にトップ・バンドとしての地位を保っていた唯一のバンドだと言っていいでしょう。
 1981年にリリースされた彼らの2枚目のアルバム、『アイリッシュ・オクトーバー』は、当時売れっ子プロデューサーだったスティーヴ・リリーホワイトのプロデュースで、ニュー・ウェーヴを代表する1枚です。このアルバムからシングル・カットされた「グロリア」は、イントロのカウントから続く、冷気を切り裂くようなエッジのギター、深いエコーのかかったボノの力強いヴォーカルが素晴らしい名曲。中間部のエコー処理などは確かに20年以上前のNew Wave時代を感じさせますが、このヴォーカルとギターを、乾いたドラムとうねるようなベース・ラインのリズム・セクションがしっかりと支えます。サビの♪Gloria...in te domine♪の高揚感はいまでも色あせていません。





シーズ・ア・ビューティー / チューブス

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 サンフランシスコの変態バンド、チューブス83年の全米ヒット(10位)。ジャケットのメンバー写真が普通にマトモなのが、かえって不気味。デヴィッド・フォスターのプロデュースにより、曲はストレートで覚えやすいロックンロール。チューブスは現在も活動中で、オフィシャル・サイトはこちら
タタキ文句は、
「ウェスト・コーストは今、このグループなくしては語れない。 TOTOの全面参加、そしてデヴィッド・フォスタープロデュースによるチューブスのニュー・シングル!!」






Blue Moon (2CD) / Breathless
昨年末ebayで落札していたアイテム。探していた限定2枚組。出品者はイタリアのヴェロナの人。1.99ポンドスタートで、落札は8.16ポンド(総支払い11.36ポンド)。結構上がりました。ちなみにレギュラーの1枚モノは、以前ebayで3.99ドルでした。かなりの差です。



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アメリカン・ヒーローのテーマ / ジョーイ・スキャベリー
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 80年代に米ABCテレビのネットで放映され、日本でも日本テレビ系で放映されていたアメリカのテレビ番組「アメリカン・ヒーロー」の主題歌で、81年に全米で2位まであがりました。歌詞もメロディーもロマンティックな名曲で、原題は「THEME FROM "GREATEST AMERICAN HERO"(BELIEVE IT OR NOT) でした。番組の主演はウィリアム・カット。宇宙人からもらったスーツを着るとスーパーマンになれるのですが、説明書をなくして苦労しながらも活躍するというストーリーで、番組にはビーチ・ボーイズが登場したこともあります。意外とこの番組を覚えている人がいないのですが、職場のオーストラリア人とはこの番組と音楽の話で大いに盛り上がったことでした。歌っているジョーイ・スキャベリー(Joey Scarbury)は13歳でジミー・ウェッブの力添えでレコド・デビュー、その後マイク・ポストと知り合い、数枚のシングルを発表するも泣かず飛ばずで、一時は音楽業界から引退していました。その後ポストがテレビ盤組の音楽を担当することになり、それが大ヒットにつながりました。
 一発屋の代表みたいな曲ですが、マイケル・ムーア監督の『華氏911』でブッシュ大統領の登場シーンに使用され、再び脚光を浴びました(笑)。でもこの曲のタイトルを知っている人にしか、マイケル・ムーアのユーモアは分からなかったのでは?
タタキ文句は、「UFO時代のときめき飛行」








テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽


センド・ミー・アン・エンジェル / リアル・ライフ

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 デヴィッド・ステリー(ボーカル、ギター)、リチャード・ザトルスキー(キーボード、エレクトリック・バイオリン)、アラン・ジョンソン(ベース、シンセサイザー)、ダニー・シムシック(ドラムス)の4人からなるオーストラリア出身の4人組、リアル・ライフのヒット曲。84年に全米29位まで上昇し、イギリスやドイツなどヨーロッパでもヒットしましたが、その後この曲が米大リーグのエンジェルスの応援歌に使用されてリバイバル・ヒット、「センド・ミー・アン・エンジェル'89」はオリジナルを上回る26位まで上昇しました。


 とはいうものの、オリジナルの方が私好み.....という人が多いのも事実で、私もその一人。「'89」に違和感を感じるのは、サビの♪Send Me an Angel~♪のコーラスに被さる「パーン!」という響きがないこと、エンディングの締めのドラムがカットされている点など。
 現在はステリーとザトルスキーの二人組となって頑張っています。オフィシャル・サイトはこちら。 リミックスされていないオリジナルの『ハートランド』は以前ドイツでCD化されたことがあり、ebayでは30ドル以上の値がつくこともありますが、オフィシャルサイトのリンク先からリイシュー豪盤が送料とも30.40豪ドル(約17米ドル)で買えます。











ミスティ・ハート / クォーターフラッシュ
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 リンディとマーヴのロス夫妻を中心としたオレゴンのポートランド出身の6人組、クォーターフラッシュのデビュー・シングル(原題は「Harden My Heart 」)。81年に3位まで上昇し、年間チャートでも13位になっています。リンディのもの悲しい「泣き」のサックスと、情感のこもった歌唱は魅力的で日本人好みの哀愁たっぷりの曲です。が、中学生の私は、山本さゆり女史の邦訳に、妙に恥ずかしくなったものであります。
 バンドはもともとシーフード・ママというグループ名で、地元ポートランド近辺のクラブで活動しており、地元のホワイトファイア・レコードというマイナー・レーベルからすでにこの曲はリリースされたようです。そして北東部でヒットしたのをきっかけにホワイトファイアのオーナーが、当時日の出の勢いだったゲフィン・レコードにテープを持ち込み、全米メジャー・デビューと相成りました。グループ名もクォーターフラッシュと変え、「ミスティ・ハート」もジョン・ボイラン(ボストン、リトル・リバー・バンド、リンダ・ロンシュタットなどを手がけてきた)のプロデュースで再レコーディング、全米ヒットにつながりました。
 85年に解散後、ロス夫妻はザ・トレイル・バンドというカントリー・スタイルのバンドのメンバーとしてオレゴンを中心に活動中。トレイル・バンドのオフィシャル・サイトはこちら。二人の現在の姿も見ることができます。夫マーヴはロス・プロダクションという会社で様々な活動をしているようです。ロス・プロダクションのオフィシャル・サイトはこちら
 タタキ文句は、
「撃ってハート、感性直撃!ドリームゲームに終わりはない 真夜中の疾走、そこにはひとすじの閃光が・・・・・・」