洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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君は完璧さ / カルチャー・クラブ
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  デビュー・アルバム『キッシング・トゥ・ビー・クレヴァー』(82年)からのカットで、82年に全英No.1、翌83年には全米でも2位まで上昇するというヒット曲。レゲエのリズムを取り入れたクールでロマンティックなナンバー。メロディーの良さとボーイ・ジョージの歌の巧さとが相まって、アメリカでもヒット、第二次ブリティッシュ・インヴェンジョンの筆頭として頭角を現すことになりました。この曲の邦題は、アルバムリリース時は「冷たくしないで」でしたが、シングル・カットされた時点では「君は完璧さ」に変更されています。
 ベスト盤『ディス・タイム』に掲載されている年表によれば、バンド結成は81年で、当初はEMIからデビューの予定だったようですが、なぜか正式デビューはヴァージンからになっています。ボーイジョージの女装と奇抜なファッションから、キワモノ扱いされることも多く、これまた自称本格派志向(=偏狭)の人々からは軽く見られていました。しかしボーイ・ジョージのメロディ・メーカーとしての類い希な才能と歌唱力は高く評価されるべきです。この後バンドは、メンバー構成のように様々な要素が上手くブレンドされたミクスチャー・ロックの傑作『カラー・バイ・ナンバーズ』をリリースします。






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フレッシュ・クリーム / クリーム
結局買ったのはコレ。1744円。なぜって?日産自動車のラティオのCMに「アイ。フィール・フリー」が使われてて、久しぶりに聴きたくなったから。




哀愁のマンディ / ブームタウン・ラッツ
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 アイルランド出身の5人組、ブームタウン・ラッツ(BOOMTOWN RATS)の79年のヒット曲。全英ではNo.1を記録しました。原題は「I Don't Like Monday」。ジョニー・フィンガーズ(いつもパシャマ姿.....彼は日本人女性と結婚し、日本に住んでいるらしい)流麗かつダイナミックなピアノが印象的な、哀愁漂うナンバーですが、シリアスな歌詞は、79年1月に米国サンディエゴで起こった、少女によるライフル乱射事件を元にしています。なぜこんな事件を起こしたのか、という問いに対する少女の答「I Don't Like Monday.」が曲のタイトルとなっていまが、確かこの曲はアメリカで、犠牲となった遺族から訴訟を起こされたのではなかったでしょうか?
 バンドのリーダー、ボブ・ゲルドフは伝説のライヴ・エイドの発起人として有名です。彼については、Wikipediaの記事が詳しいと思います。






秘密警察 / アフター・ザ・ファイヤー
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  原題は「Der Kommissar」で、83年の4月に全米5位を記録しています。クールなシンセの響きが心地よい、エレ・ポップ・ナンバーで、歌詞はなんとなくラップ調で歌われます。原題から分かるとおり元はドイツ語の歌で、「ロック・ミー・アマデウス」をヒットさせた、故ファルコの曲です。曲のコンポーザー・クレジットは「Robert Ponger / Falco」となっています。
 アフター・ザ・ファイヤー(After The Fire)はキーボードのピーター・バンクスを中心とするイギリス出身の4人組で、78年にアルバム『サイン・オヴ・チェンジ』でデビュー、その後は奇才ルパート・ハインやマフ・ウィンウッド(スティーヴ・ウィンウッドの兄)らのプロデューサーともコラポレイトしています。その後エレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)とともにヨーロッパ・ツアーを行いますが、ツアー途中にELOのドラマー、ベヴ・ベヴァンが急病で倒れるという事態になったとき、ATFのドラマー、ピート・キングがELOのステージでも代役を務めます。このことをきっかけにELOのメンバーからATFの話が各方面に伝わり、ヴァン・ヘイレンと全米ツアーを行ったことで、アメリカでも成功を収めました。
 下の歌詞はweb上で見つけたものですが、最初の「Zwei, drei, vier」の部分が、日本盤7インチ掲載の歌詞では「Spite gripe here」となっていて、「悪意が僕を悩ませる」という訳詞がついています。他のwebも見てみましたが、すべて「Zwei, drei, vier」でした。でもここだけドイツ語ってのも何か変。










ドント・レット・ゴー / ワン・チャン
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 84年のヒット曲で、全米で38位まで上がりました。彼らの2ndアルバム『航跡』(原題は『Points On The Curve』)からのカットです。イントロが実にカッコいい、クールでダンサブルなナンバーです。
 82年『黄鐘』というアルバムでデビューしたイギリスのバンド。中心はヴォーカル&ギター、キーボードのJack Huesとベース・ギター、キーボードのNick Feldmanの2人。デビュー当時はWang Chungではなく、Huang Chungという綴りでした。『黄鐘』がリリースされた頃は5人組でしたが、ドラムとサックスの2人が脱退し、『航跡』がリリースされた時にはドラムスに新メンバーを迎え、3人組となります。『航跡』からは「ダンス・ホール・デイズ」がカットされ、16位まで上がりました。『航跡』をリリースした後、ドラムのDarren Costinが脱退して2人組となり、86年には『モザイク』をリリースしますが、その後活動を停止します。ファンサイトによると、昨年一時再結成してテレビ出演したようです。








フェイド・トゥ・グレイ / ヴィサージ
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  80年にリリースされた、エレポップ/ニュー・ロマンティック(ニューロマ)を代表する1曲がこの「Fade To Grey」。エレクトリックな無機質さと退廃的な雰囲気が同居した中に、哀愁も漂う好ナンバーです。この頃がリリースされた頃は、チューブウェイ・アーミー(ゲイリー・ニューマン)もブレイクした時期で、ゲイリーとヴィサージの音楽性には共通するものが感じられますが、このユニットのメンバーであるビリー・カーリー(key)はゲイリーの全英ツアーに同行しています。盤面のコンポーザー・クレジットが、「Currie / Payne / Ure」となっているところからみると、音楽的なリーダーは元リッチ・キッズ(セックス・ピストルズを脱退したグレン・マトロックのバンド)のミッジ・ユーロと、当時ウルトラヴォックスのビーリー・カーリーが担っていたものと思われます。ちなみにB面「ステップス」のクレジットは「Strange / Ure / Currie / McGeoch」となっています。
 ヴィサージ(Visage)の中心は、クラブでDJをしていたスティーヴ・ストレンジことスティーヴ・ハーリントンと、ミッジ・ユーロの二人で、この2人にビリー・カーリー(ウルトラヴォックス)とマガジンの3人(デイヴ・フォーミューラ、ジョン・マクガフ、バリー・アダムソン)が加わっています。またプログラマーとして、後にランドスケイプで「アインシュタイン A-GO GO」のヒットを飛ばすリチャード・バージェスが参加していたのも有名な話。なおマガジン解散後、ジョン・マクガフはスージー&ザ・バンシーズに、バリー・アダムソンはニック・ケイヴのバッド・シーズに参加します。ヴィジュアル面を強調したスティーヴの戦略は見事に大当たりし、カルチャー・クラブらのフォロワーを生みました。日本では『ミュージック・ライフ』で「スティーヴ・ストレンジの顔デザイン・コンテスト」が実施されたほどです(笑)。まあ確かにVisageってフランス語で「顔」ってイミではありますが。
 中心メンバーの一人ミッジ・ユーロはその後、故フィル・ライノット率いるシン・リジィのサポート・メンバーとして来日したこともありますが(『ミュージック・ライフ』のフォト・セッションでは、日本刀を構えたフィルやバラの花を持ったスコット・ゴーハムの写真に比べて、彼の写真は異常に小さかった.....小道具もなかったし)、有名なのはジョン・フォックス脱退後のウルトラヴォックスに加入、「ニュー・ヨーロピアンズ」「ヴィエナ」等のヒットを放ったことでしょう。ミッジ参加後のウルトラヴォックスは、ジョン・フオックス時代のパンキッシュなテクノとは異なり、ニューロマの一つに数えられますが、彼のウルトラヴォックス参加は、このヴィサージでビリー・カーリーと知り合ったことによるものです。
 ※ミュージック・マガジン社の『英国ロックの深い森1976-1990』のVisageの項目では、「ゲイリー・ニューマン→ギャリー・ニューマン」「ミッジ・ユーロ→ミッジ・ユア」「ジョン・マクガフ→ジョン・マッゲオ」という原語発音により近い表記になっていますが、慣用的な表記にしました。






ナイト・イン・ニューヨーク / エルボウ・ボーン&ザ・ラケッティアーズ
リイシューされていたとは知りませんでした。AmazonJPで見つけて即刻カート行き。1709円。タイトル・ナンバーのプロモーション・ヴィデオがイイんですよ、これが。なんとかもう一度みたいなぁ。アマゾンは5000円以上でギフト券なんで、今月中にあと1枚何か買わなきゃ。バシュティ・バニヤンの『ルックアフタリング』をオーダーしてたんだけど、時間かかりそうだから。何買おうか?でもちゃんと入手できるんだろうね、バシュティ?




青春のうた BEST Collection
テレビで宣伝しているヤツ。創刊号は390円だったので購入。2号も売ってたけど、2号からは990円。100号まで続くと言うことは......約10万円!北山修&加藤和彦の「あの素晴しい愛をもう一度」がいいね。北山修は、私が小学4年生のころ、自切俳人(じきるはいど)の名でラジオに出てました。加藤さん関係では、箱根アフロディーテでピンク・フロイドをみて、「エコーズ」を称賛してたという話を思い出します。



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ゴールド / ドナ・サマー
2枚組ベスト盤。最近マイブームなのが、ドナ・サマー。AmazonJPのマーケット・プレイスで1490円(総支払い1830円)。新品未開封だった。「ホット・スタッフ」から間髪をいれず「バッド・ガール」につながるところは本当にカッコいい。それにしてもAmazonJPのカスタマー・レビューは気に入らない(笑)。




プライド / U2
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 原題は「Pride (In The Name Of Love)」。高揚感と緊張感ではU2の曲の中でも随一でしょうね。84年に全米で33位まで上昇しました。3枚目『闘』(83年)までのプロデューサー、スティーヴ・リリーホワイトに替わり、ブライアン・イーノ&ダニエル・ラノワがプロデューサーとなった4枚目『焔』からのカットです。歌詞の「Early morning, April 4,Shot rings out in the Memphis sky, Free at last, they took your life, They could not take your pride.」の部分から分かるように、1968年4月4日に暗殺された、マーティン・ルーサー・キング牧師のことを題材にしています。「Free at last」というのも、キング牧師の有名な演説「私には夢がある」の一節から。12インチの裏ジャケにはキング牧師の大きな肖像写真が使われています。「betrayed with a kiss」というのは、新約聖書のユダのことですね。
 誰しも「人生の一曲」的な曲があると思いますが、私はこの曲かな。この曲がヒットした84年は、丁度大学受験を控えた高校3年生でした。センター試験(当時は共通一次と呼ばれていました)の1カ月前に目の手術をした私は、試験の2週間前に退院、当日は特別な問題用紙と解答用紙を使い、別室で一人だけの受験となりました。そのころ聴いていたのがこの曲。後半♪empty sky↑と上がる部分を聴くたびに勇気づけられたものです。
 日本で発売されたの12インチ(邦題『イン・ザ・ネイム・オヴ・ラヴ』)の元になったのはISX202(アイランド)という番号の12インチで、この盤に収録されている「プライド」は 7インチと同じ3分47秒。しかしISD202(7インチ2枚組)あるいは12IS202(12インチ)という番号の盤に収録されている「プライド」は4分40秒で、このロング・ヴァージョンはオーストリアのみでCD化されました。私はGEMMで見つけて購入したのですが、 16.50ドルと結構な値段でした。日本盤12インチには、ジョイ・ディヴィジョンを手がけたことで知られる故マーティン・ハネットがプロデュースした「11オクロック・ティック・タック」と「タッチ」が収録されています。「11オクロック~」は79年にリリ-スされたシングルよりもイントロが若干長いらしいです。





ラジオ・スターの悲劇+3 / バグルス
定価1470円の廉価盤。AmazonJPにて。ユニバーサルは以前紙ジャケでリイr-スしていた盤を、通常仕様の廉価版としてリイr-スしている。車で聴くことが多い私には紙ジャケよりもこちらのほうが便利。以前買ったウッシュボーン・アッシュもこのタイプ。




ブレックファスト・イン・アメリカ / スーパー・トランプ
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 79年の全米No.1ヒット。何かのCMに使われましたが、何でしたかね?
 元々イギリスのプログレ・バンドであった彼らの活動歴は長く、70年にはイギリスで1stアルバム『SUPERTRUMP』をリリースし、ワイト島フェスティヴァルにも出演しています。メンバー・チェンジをへて、ケン・スコットをプロデューサーに迎えた3枚目『THE CRIME OF THE PASSION』(74年)は全英4位、全米38位まで上がっています。その後76年に本拠地をアメリカに移し、79年にリリースした6枚目『ブレックファースト・イン・アメリカ』からカットされたタイトル・ナンバーで、ついにアルバム・シングルともに全米No.1を獲得しました。優しくてポップ、そしてどこかしたノスタルジーも感じさせる名曲です。メンバーにサックス・クラリネット担当がいたせいもあるでしょう。ロジャー・ホジソンの高くてマイルドなヴォーカルもいい感じです。このアルバムからカットされた「ロング・ウェイ・ホーム」(全米10位)もいい感じです。その後も82年に「イッツ・レイニング・アゲイン」(全米11位)などのヒットを飛ばしましたが、この曲を含む『フェイマス・ラスト・ワーズ』(ハートのウィルソン姉妹も参加)を最後に、バンドがスタートした当初からの中心人物ロジャー・ホジソンが脱退してしまいます。バンドは残されたもう一人の中心人物リック・デイヴィスを中心に4人で活動を続け85年と87年にアルバムを発表、そこそこのヒットを記録しますが、89年にライヴ盤、90年にベスト盤をリリースして以降活動を停止。しかし97年、10年に『永遠への贈り物』を発表、8人編成となってライヴも行いました。




We are the 80's Vol.2
ヤフオクで690円。収録曲は以下の通り。
1.ルック・オブ・ラヴ(ABC)
2.インナ・ビッグ・カントリー(ビッグ・カントリー)
3.カモン・アイリーン(デキシーズ・ミッドイト・ランナーズ)
4.汚れなき愛(ソフト・セル)
5.シャウト(ティアーズ・フォー・フィアーズ)
6.コーリン・ユア・ネイム(マリリン)
7.恋におぼれて(ロバート・パーマー)
8.マニアック(マイケル・センベロ)
9.情熱物語(ドナ・サマー)
10.イエス・アイム・レディ(テリー・デザリオとK.C.)
11.ドン・ドン・ココナッツ!(キッド・クレオール&ザ・ココナッツ)
12.ドント・ストップ・ザ・ミュージック(ヤーブロウ&ピープルズ)
13.ファンキータウン(リップス)
14.愛の証し(キャプテン&テニール)
15.ラジオ・スターの悲劇(バグルズ)
16.哀愁のマンデイ(ブームタウン・ラッツ)
17.孤独のナイト・ゲームス(グラハム・ボネット)
18.愛と青春の旅だち(ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ)






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愛のVoices(ボイセズ) / ティル・チューズデイ
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 ヴォーカル&ベースのエイミー・マンを中心としたボストン出身の4人組、ティル・チューズデイのスマッシュ・ヒット(85年に8位まで上昇)。原題は「Voices Carry」。ユラユラと漂うようなヴォーカルとシンセのコンビネーションが素晴らしい佳曲。ネィティヴの女性に、「Voices carryってどういう意味?」って尋ねたら、「電話なんかで話しているとき、話の内容が、関係ない他の人の耳にはいってしまうこと」って教えてもらいました。ジャケ写真ではパンキッシュな印象のエイミーですが、歌詞は女性のこころをうたったもの で、切ない歌詞です。レコードについている邦訳も載せておきましょう(邦訳は意識して女性らしくしてあるみたいです)。エイミー・マンのオフィシャル・サイトはこちら。髪も長くなってます。




わたしは闇の中 彼の心を読もうとしてる
でもこわいの 何を考えてるのか'
たぶんきっと
一緒にいられなくなるようなことね
愛してるわって言いたいだけなのに
いつも同じ答
静かに
声をおさえて'
聞こえてしまうから
どんなに苦しむか知ってるわ
だから苛立つ心を静めているのに
涙は隠せというの
こわいのね
外に出さないようにしてるの
誰にも聞こえないように
静かに
声をおさえて
聞こえてしまうから
わたしを求めるのは
気の向いたときだけ
わたしを求めるのは
思い通りになると きだけ
静かに
声をおさえて
聞こえてしまうから
静かに ダーリン 彼女が聞いてるかも
ああ でも―声は聞こえてしまう
黙れと言うのね 黙れと言うのね
声をおさえられないのかって
聞こえてしまうの 声は
お願いだから話をさせて






バイシクル・レース / クイーン
日本盤7インチ。ヤフオクで他の3枚(マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」、ホイットニー・ヒューストン「そよ風の贈りもの」、ドナ・サマー「ルッキング・アップ」)との組み合わせ計4枚で300円。オリジナルは裸の女性が大勢で自転車に乗っている有名な写真だが、日本盤の写真は一人だけのものを使用している。刺激が強かった?(笑)




キャッチ・ミー / リアル・ライフ
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 原題は「Catch Me I'm Falling」。「センド・ミー・アン・エンジェル」に続く『ハートランド』からの第2弾シングルで、84年に40位まで上がり、かろうじてトップ40にはいりました。








グレイテスト・ヒッツ / グロリア・エステファン
日本盤だがオビはなし。ヤフオクで500円。日本盤のほうが曲数が多い模様。




愛という名の欲望 / クイーン
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 原題は「CRAZY LITTLE THING CALLED LOVE」で、邦題はひねりすぎて失敗してしまったという感じです。『ザ・ゲーム』(80年)からの1stシングルで、クイーン初の全米No.1ヒット。女性のファンが多かったせいか、はたまた日本での人気が先行したせいか、それまでは結構ミーハーなイメージがあったクイーンですが、この曲が全米No.1となったことで、その地位を確固たるものにしたような気がします。数年前、テレビドラマでフレディ・マーキュリーのソロ・シングル「アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」が主題歌に使われたことから、日本の若いファンニも知られるようになりました。(私が勤務する高校の体育祭で「ウィ・ウィル・ロック・ユー」が使われたほど。)
 この曲あたりから、地元テレビ局(テレビ熊本)の洋楽ビデオ専門番組「サタデー・ミュージック・スペシャル(通称SMS)」でプロモーション・ビデオを見ていた記憶があります。セクシーなプロモ・ビデオをドキドキしながら見てました。当時は、クイーンが初めてシンセを導入したということで賛否両論あったものの、レッド・ツェッペリンとテクノ・ポップが好きな私にとって、クイーンの最高傑作は『ザ・ゲーム』です。それまでエンジェルみたいなメイクをしていた彼らが、イメチェンしたジャケットも話題でした。アルバム1曲目「プレイ・ザ・ゲーム」のイントロ、電動ノコギリみたいな音や途中のスペーシーな音に心躍ったものです。次の「地獄へ道連れ」もカッコいいナンバーでした。元フリー~バッド・カンパニー~ザ・ファームのヴォーカリスト、ポール・ロジャースを迎えてツアーを敢行、来日公演も行ったのは記憶に新しいところです。個人的にはブルース系のポール・ロジャースが、「ボヘミアン・ラプソディ」や「キラー・クイーン」に合うとは思えませんが。福岡ドーム公演に行った生徒によると、結構空席があったとか。オフィシャル・サイトはこちら。





HUSH / HUSH
元3で、最末期のGTRにも在籍したロバート・ベリーが在籍したバンド。ヤフオクで520円。




リトル・レッド・コルヴェット / プリンス
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 『1999』(83年)からの1stシングルで、全米で6位まで上昇、プリンス初の全米トップテン・ヒット。クールなんだけどロマンティックでドラマティックという不思議な曲。写真はドイツ盤12インチの「DANCE MIX」。カッコイイよ。
 僕はプリンスという人を極めて高く評価していて、「不毛の80年代」という人もいるようだけど、このプリンスとU2、そしてニュー・オーダーが活躍した時代だというだけでもその評価は当たらないと思う。
 僕の高校時代、プリンスを毛嫌いする人は数多くいた。けど、彼の音楽を聴いたうえで評価していた人はあまりいなかったように思う。多くの人は彼の風貌等、キャラクターで評価していたようだった。

 そもそも音楽が「評価」の対象という考えに賛同できないし、音楽雑誌はアーティストのインタビューと新譜情報、それに客観的な情報(バイオグラフィーやディスコグラフィー)だけ載せればいいと僕は思っている。個々の音楽に対する評価は、リスナーにまかせるべきだろう。今の時代、サンプル音源はいくらでも聴く方法があるので、なおさら。
 かつて音楽ライターと称する人々が、自分が管理する雑誌を使って色々な意見を述べていたけど、あれが文化的な活動だとも思っていたのだろうか。そして『ML』を読む人はミーハーで初心者、『RO』や『MM』を読む人は、(自称)耳の肥えた本格志向という偏見を生んでしまったように思う。
 来月3月14日には、このトラック(ダンス・ミックス)が収録されたプリンスの編集盤『Ultimate』がリリースされます。




JEKYLL AND HYDE / GTR
86年のロンドン(ハマースミス・オデオン)公演、および86年のアリゾナ公演を収録。ハイランドの1CD。ヤフオクで800円。ロンドンはSBでかなりの高音質。アリゾナはアコ-スティック・セットのみ。




SAFTY DANCE (UK REMIX)/ MEN WITHOUT HATS
ドイツ・オンリーのCDS。ebayで20.50ドル(総支払い24.50ドル)。0.99ドルのスタートで、予想通りの上がり方でした。



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恋はまちぶせ / OXO
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 アメリカの4人組OXO(オクソ)による83年のヒット曲。原題は「WAITING FOR YOU」で、日本人好みの「泣き」がはいった、流麗なミディアム・テンポのロマンティックなナンバーです。OXOは、78年に「ゲット・オフ」をヒットさせたフォクシー(FOXY)のリーダーだったイッシュ・エンジェルことイッシュ・レデスマ(Ish Ledesma、リード・ギター、リード・ヴォーカル)を中心とするグループで、イッシュ以外のメンバーはオーランド(リズム・ギター、リード・ヴォーカル)、フランク・ガルシア(ベース、シンセ、リード・ヴォーカル)、フレディ・オルワグ(ドラムス、リード・ヴォーカル)。イッシュはメンバーを選ぶにあたり、リード・ヴォーカルをとれることを条件にしたということで、コーラス・ワークもイイ感じです。
アメリカではB面の「ワリィGIRL」(WHIRLY GIRL)がA面で、1983年に28位まであがりました。こちらは「恋はまちぶせ」とは違い、明るいポップなナンバーで、♪ワラワラワラワリィガール、ワリィガール、フゥ、ワリィワリィ♪というサビが実に覚えやすく耳に残るナンバーです。「ワリィGIRL」って「悪い少女」なんでしょうが、アルバムの邦題『POPにEYEして』といい、OXOというグループ名といい、一発屋とはいえ強烈な印象を残しています。
 ところで先日イッシュ・レデスマのコンピレーション『Ishology』を買ったところ、OXO時代のこの2曲も収録されていました。しかし「ワリィGIRL」の方は、7インチのヴァージョンとは違ってなんとなく上品なミックスになっています。これはどうもアルバム・ヴァージョンのようで、私はシングル・ヴァージョンの方が好み。ライノから出ていコンピ『JUST CAN'T GET ENOUGH: NEW WAVE HITS OF THE 80'S VOL. 8 』に収録されているのはシングル・ヴァージョンです。







LAST NIGHT IN THE FORUM 1975 / LED ZEPPELIN
ヤフオクで1600円。75年3月27日のフォーラム最終日を収録した3枚組。




ロックバルーンは99 / NENA
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 紅一点ネーナ・ケルナーを中心とするドイツ出身の5人組、NENAのヒット曲。ドイツ語で歌われている曲としては珍しく、84年に全米2位まで上がりました。徐々に盛り上がってくる魅力的なイントロ、ジャーマン・ロックにしては珍しいポップな曲調、そして何と言ってもネーナのキュートな魅力で日本でも大ヒットしました。なおこの曲には「99 Red Balloons」というタイトルの英語ヴァージョンもあります。86に解散しますがアメリカでヒットしたのはこの1曲のみで、アメリカではまさに一発屋でした。『100HITS 80s』というコンピには、英語ヴァージョンが収録されています。

 ネーナ・ケルナー嬢は1960年生まれで、今年46歳になりますが現在もソロで元気に活躍中。確か子どもが4~5人(うち双子も1組いたはず)いるはずですが、精力的にコンサートなどもやっているようです。オフィシャル・サイトはこちら。もちろんドイツ語です。

〈ドイツ語ヴァージョンのPV:You Tubeより〉


〈英語ヴァージョンのPV:You Tubeより〉



 歌詞はこちら(英語・ドイツ語両方ともあり)




Ishology / Ish
AmazonUSのマーケット・プレイスで$4.97(総支払い $10.46)。Foxy~OXOのリーダー であったIsh Ledesma の2枚組コンピレーション。「Get Off」等Foxyの曲も収録されているが、お目当てはOXO(オクソ)の「恋はまちぶせ」と「ワリィガール」。先日ヤフオクで、アナログ・アルバムの『POPにEYEして』のサンプル盤が2600円まで上がるという椿事が発生。ebayにはニア・ミント状態でオビ付き盤が9.99ドルででてる(日本のディーラーさん)ので、よっぽど教えてやりたかったんだけどねぇ.....と思いつつワクワクしながら聴いてたら、OXOの「ワリィガール」に予想もしない事態がっ!.....詳細は私の別ブログ「洋楽パラダイス」にて(笑)



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ハートは燃えている / スティーヴ・ミラー・バンド
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 「THE STEVE MILLER BAND」と「THE」がついているので、本来は「S」の項目に入れるべきでしょうが、「M」のアーティストが少ないので協力していただくことにしました。
 さてこの曲ですが、スティーヴ・ミラーが81年にリリースしたアルバム『愛の神話』(原題は『Circle of Love』)からのカットで、全米で24位まで上昇しました(原題は「Heart Like A Wheel」)。『愛の神話』は前作『ペガサスの祈り』から4年半ぶりの作品で、この間スティーヴはコロラドの牧場で俗世を離れた生活を送っていたとか。
 スティーヴ・ミラーは1943年10月5日、ミルウォーキーで生まれで、ハイスクールの同級生にはボズ・スキャッグスもいたそうです。大学でバリー・ゴールドバーグ(のちにレイ・ケネディらとKGBを結成する人)と出会い、ゴールドバーグ・ミラー・ブルース・バンドを結成、これがスティーヴ・ミラー・バンドの前身です。70年代後期には『鷲の爪』等の傑作も残しました。この曲をリリースした翌82年には、「アブラカダブラ」が全米No.1となっています。
 噂によれば彼は日本が嫌いなようで、結局来日コンサートを行わないまま引退同然となっていましたが、現在は活動を再開、全米ツアー中です。オフィシャル・サイトはこちら。



ハイ・スクールはダンス・テリア / シンディ・ローパー
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  シンディー・ローパーのデビュー・ヒットで、84年に2位まで上昇しました。原題は「GIRLS JUST WANT TO HAVE FUN」。デビュー・アルバム『NY.ダンステリア』(原題は『SHE'S SO UNUSUAL』)からはこの曲以外にも、No.1となった「タイム・アフター・タイム」、「彼女はシー・バップ」、「オール・スルー・ザ・ナイト」等4枚のトップ10ヒットが生まれました(5枚目のシングル「マネー・チェンジズ・エヴリシング」も27位まで上昇しました)。
 この人かなりの苦労人でして、74年から78年までブルー・エンジェルというバンドをはじめいくつかのバンドを渡り歩き、その後はクラブで既成のヒット曲を歌いという長い下積み生活を送っています。転機は81年、デヴィッド・ウルフと出会い、彼の支援でCBSと契約83年にデビュー・アルバムをリリースして大ブレイクしました。彼女は1953年6月20日の生まれですから、デビュー時にはすでに30歳、今年は53歳になります。オフィシャル・サイトを見ると、円熟味を出して元気に活躍しているようです。




SHINY SHINY (7" PICTURE DISC) / HAYSI FANTAYZEE
ebayで0.99ポンド(総支払い4.49ポンド)。




フィール・フォー・ユー / チャカ・カーン
ヤフオクで711円。日本盤オビ付き。スタートは600円。