洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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幻を追いかけて / サイケデリック・ファーズ
ghostinyou.jpg

 イギリスのニュー・ウェーヴ・バンド、THE PSYCHEDELIC FURSのヒット曲。原題は「GHOST IN YOU」。84年のヒットですが、全米・全英で一体何位まで上がったのか不明です(情報求む)。それまで暗いイメージのあった彼らが、チャーリー・セクストンやビリー・アイドルを手がけたキース・フォーシーをプロデューサに迎えポップでダンサブルな変化を見せた4枚目『ミラー・ムーヴス』からのシングル・カット。ノスタルジックでロマンティックな優しい感じの曲です。リチャードの奇妙なダンスと、水玉が飛び交うサイケな感じのプロモーション・ヴィデオも印象的でした。
 サイケデリック・ファーズはヴォーカルのリチャード・バトラーを中心としたイギリスのバンドで、シンプル・マインズ同様にアメリカでも成功したイギリス出身のニュー・ウェーヴ・バンドです。ファーズは80年に1stアルバム『THE PSYCHEDELIC FURS』をリリース、1stと2nd『トーク・トーク・トーク』(「プリティ・イン・ピンク」のオリジナル・ヴァージョン収録、81年)はU2を手がけたスティーヴ・リリーホワイト、3rd『フォーエヴァー・ナウ』(82年)は奇才トッド・ラングレンをそれぞれプロデューサーに起用しています。『トーク・トーク・トーク』を最後にオリジナル・メンバーのダンカン・ギルバートとロジャー・モリスが脱退、リチャードと彼の弟キム(ベース)、そしてジョン・アシュトン(ギター)の3人となりました。その後バンドは一度解散しましたが、2000年に再結成し、現在も元気に活動中。オフィシャル・サイトはこちら。http://www.burneddowndays.com/
 タタキ文句は、
「満天の星とともに一人の男が舞い降りる デカダン、そしてサイケデリック・トリップ」

 この作品がリリースされたころ、さる日本の音楽雑誌Mでは自称音楽評論家Nが執拗なまでにこのバンドとチリャード・バトラーを攻撃していました。曰く「こんなに歌がヘタな人がよくやってる」等々.....もっともNにかかると、80年代に流行した欧米音楽はほとんどダメだということになっていたようですが。当時Nは非欧米音楽に傾倒し、さかんにその素晴らしさを強調、その手の雑誌や本を発行してました。自分が好きな音楽を称賛することは一向にかまわないと思いますが、返す刀で聴く人の人格までも否定するかのような言動はいかがなものかと思いますが。まあそれも販売戦略、つまり自分が関わる雑誌を売るための手法だったのかもしれませんけど。シンコー・ミュージックの『クロスビート』に対する中傷には恐れ入りました。数年前にYahoo!の音楽掲示板の80年代洋楽関係スレで、この評論家の言葉を引用し、それをさも自分の意見のように垂れ流していた人がました。一般に広く受け入れられるカルチャーを見下すことでしか、自分のアイデンティティを確認できない人って、時々みかけます。







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THE SPROCKET SESSIONS / EMERSON LAKE & POWELL
リハ音源のオフィシャル・ブート。ヤフオクで1600円。




WHISTLING JIGS TO THE MOON / FLIBBERTIGIBBET
メロウ・キャンドルのウィリアムス夫妻が中心となって結成されたバンド。78年に南アフリカでリリースされたアルバムのリイシュー。ヤフオクで1200円。




Retro Remixed 2
アマゾンJPのマーケットプレイスで1510円。売り主はケイマン。ケイマンはメールアドレスでカスタマーを管理しているようで、ウェブ上からアマゾンやebayでの購入履歴が一括して見ることができます。

1.Living on Video [L.O.V. 2005 Version]
2.Reflex [Come as You Are Mix]
3.Just for One Day (Heroes) [Extended Version]
4.Blue Monday [2005 Remix]
5.Major Torn [Radio Club Remix]
6.She Drives Me Crazy [Roger Sanchez Radio Edit]
7.Heart of Glass [Diddy's Adorable Illusion Mix]
8.Boy [Peter Rauhofer Club Mix]
9.All Touch [Hatiras Remix]
10.Der Kommissar [Jason Nevins Time Warp Blaster Mix]
11.International Rescue [Koishii & Hush Single Edit]
12.Do You Really Want to Hurt Me [Quivver Mix]

デユラン・デュラン、ボウイ、ニュー・オーダー、ピーター・シリング、ファイン・ヤング・カニバルズ、ブロンディ、ファルコ、カルチャー・クラブなどのレア・リミックス集。リミックス自体はあまり面白くないけど、ドライブで聴くにはちょうどいい。今日の夕方、雨上がりの日が差す道を、職場に届いたこのCDを聴きながら帰ったんだけど、すごくよかった。




マジック / ディック・セント・ニクラウス
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 79年に日本だけでヒットした曲。メロウ&ライトなAORで、都会的で洗練された雰囲気と哀愁ある「泣き」のメロディーが日本人好みで、大阪の輸入盤店から火がつきました。これに乗じたレコード会社(EPICソニー)も「大阪限定」を売りにしてプロモート、全国的なヒットにつながりました。
 歌っているディック・セント・ニクラウス(Dick St. Nicklaus)は、ワシントン州ワキマの出身。高校生の頃、キングスメンというバンドに参加、1963年に「ルイ・ルイ」という曲をヒットさせます。69年にバンドが解散すると、ロサンゼルスに出てきて音楽出版社に勤めました。73年から2年間ほどプロデュースを学んだ後、自らも歌うようになり、リリースしたのがアルバム『マジック』です。




セーフティ・ダンス / メン・ウィズアウト・ハット
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  83年に全米で3位まで上昇したダンス・ナンバー。我が国のGSグループ、タイガースの「シーサイド・バウンド」に似た部分があり、話題となりました。アルバム『RHYTHM OF YOUTH(邦題:セーフティ・ダンス)』からのカット。この曲には「UK REMIX」、「Original Aussie Version」というのがありますが、後者はベスト盤『COLLECTION』に収録されている「Extended Version」とまったく同じです。
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 メン・ウィズアウト・ハットはカナダのモントリオール出身のバンドで、アイヴァン・ドロスク(ヴォーカル、ギター、パーカッション、ピアノ)とジェレミー・アロバスの2人によって1980年に結成されました。正式にはMEN WITHOUT HATS(MENが複数形なので、当然HATも複数)ですが、日本盤での表記は、アルバムもシングルもメン・ウィズアウト・ハットとなっています。バンドはこの2人にアイヴァンの弟ステファン・ドロスク(ギター、ヴァイオリン)を加えて3人組となり、4曲いりEP『FOLK OF THE '80s』をリリースしますが、間もなくジェレミーが脱退、代わってアラン・マッカーシー(エレクトロニクス、ピアノ、パーカッション)が加入します。そしてリリースされたのが、この「セーフティ・ダンス」です。プロモーション・ヴィデォでのミョ~な決めのポーズ(イヤミさんの「シェー」に似てる)が、なんかおかしかったですよね。

 この後も地道に活動を続けますが、あまりヒットには恵まれませんでした。しかし87年にリリースした「Pop Goes The World」が88年1月に20位まで上昇しました。オフィシャル・サイトはこちら。







ファンキータウン / リップス
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 テクノ・サウンドに乗せたダンス・ナンバーで、1980年の全米N0.1ヒット(4週連続)で、アルバム『マウス・トゥ・マウス』からのカット。最近日本でも自動車(本田技研工業 「That's」)のCMに使われています。「Won't you take me to Funkytown.」というリフが可愛らしい感じです。
 リップスの正式なバンド名は「Lips, Inc.(リップス・インク)」で、これはいわゆる「口パク」を意味する「lip-sync(リップ・シンク)」の語呂合わせ。リップスはスティーヴン・グリーンバーグというミネアポリスのマルチ・ミュージシャンによるユニットで、スティーヴンが曲作りからプロデュース、さらにドラムス、パーカッション、キーボード、ヴォーカルまでこなしています。この曲のリード・ヴォーカルはシンシア・ジョンソンという黒人女性で、彼女は1976年度のミス・ブラック・ミネソタの受賞者ということです。スティーヴ、シンシア以外のメンバーは、テーリー・グラント(ベース)、ロジャー・デュマス(キーボード・プログラミング)、トム・リオベル(ギター)の4人がクレジットされています。87年にはオーストラリアのロック・バンド、スード・エコー(Pseudo Echo)によるカヴァーが全米で6位まで上昇しました。









FLASHBACK CAFE VOL.1&2
「the best blend of 80's mellow new wave」というサブ・タイトルがついたコンピレーション。Vol 1、Vol. 2 それぞれ500円。なかなかいい選曲。

 【Vol.1】
 1. Advice for the Young at Heart / TEARS FOR FEARS
 2. Don't Dream It's Over / CROWDED HOUSE
3. Life in a Northern Town / DREAM ACADEMY
4. (Feels Like) Heaven / FICTION FACTORY
5. Shattered Dreams / JOHHNY HATES JAZZ
6. A Good Heart / FEARGAL SHARKEY
7. Cruel to Be Kind / NICK LOWE
8. All of My Heart / ABC
9. Doot-Doot / FREUR
 10. Moments in Love / ART OF NOISE
 11. Always the Sun / THE STRANGLERS
 12. Under the Milky Way / THE CHURCH
 13. Heaven / THE PSYCHEDELIC FURS
 14. Love Plus One / HAIRCUT 100
 15. Oblivious / AZTEC CAMERA

 【Vol.2】
1. Absolute Beginners / DAVID BOWIE
2. Life's What You Make It / TALK TALK
3. No One Is to Blame / HOWARD JONES
4. Only You / YAZ
5. Breaking Us in Two / JOE JACKSON
6. Can't Get Used to Losing You / THE ENGLISH BEAT
7. Love My Way / THE PSYCHEDELIC FURS
8. Come Back and Stay / PAUL YOUNG
9. Just the Way It Is, Baby / THE REMBRANSTS
 10. Voices Carry / 'TIL TUESDAY
 11. Digging Your Scene / THE BLOW MONKEYS
 12. You Don't Know / SCARLET & BLACK
 13. No Promises / ICEHOUSE
 14. Avalon / ROXY MUSIC





アイコ・アイコ / ベル・スターズ
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  ニューオーリンズR&Bの名曲で、ディキシー・カップスThe Dixie Cups が1965年にヒットさせました。ドクター・ジョンもカヴァーしています。ベル・スターズのヴァージョンは映画『レイン・マン』に使われ、1989年に全米で14位まで上昇しました。最近では本田技研工業のミニバン、ステップワゴン(STEP WGN)のCMに使われている曲です(ただし歌ってるアーティストは違います)。http://www.honda.co.jp/STEPWGN/cm/
 ベル・スターズは、1981年にイギリスで結成された女性7人組という大所帯のバンドです。メンバーは、ジェニー・マッキューン(ボーカル)、サラ・ジェイン・オーウェン(ギター)、ステラ・バーカー(ギター)、ミランダ・ジョイス(サックス)、クレア・ハースト(サックス)、レスリー・ショーン(ベース)、ジュディ・パーソンズ(ドラムス)の7人。この「アイコ・アイコ」(82年)や「クラッピング・ソング」(82年、全英11位)、「サイン・オブ・ザ・タイムス」(83年、全英3位)などのヒットを飛ばし、83年にはアルバム『THE BELLE STARS』をリリース、日本でも確かサントリー・ビールのCMにメンバーが登場するなどの活躍をしましたが、その後シーンから消えてしまいました。したがって「アイコ・アイコ」がヒットした頃、バンドはすでに解散状態だったわけです。7人のうちサラ・オーウェン、ステラ、ミランダ、ジュディの4人は、元ボディスナッチャーズというスカ・バンドのメンバーで、テリー・ホールを擁したスペシャルズの2トーン・レーベルから80年にアルバムをリリースしています。
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君はTOO SHY / カジャグーグー
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 83年に全英1位、全米5位のヒットを記録した、カジャグーグー(Kajyagoogoo)のデビュー曲。原題は「Too Shy」。クールなヴォーカルとリズムそして硬質なシンセの音色が心地よいエレ・ポップ・ナンバーです。♪Too shy shy hush hush eye to eye♪のフレーズは、この時期中高校生だった人は誰だって記憶があるのではないでしょうか?
 デビュー当初のカジャグーグーはそのルックスの良さ、それにアルバムのプロデュースにデュラン・デュランのニック・ローズが関わった(メインのプロデュースはデュラン・デュランのプロデューサー、コリン・サーストン)ことから、デュラン・デュランに続く典型的なアイドル・バンドとしてプロモートされてしまいますが、これがどうも足枷になってしまったように思います。ちなみに八木誠氏(チープ・トリックの日本公演パンフレットのオマケ・ソノシートを思い出す!)による日本盤シングルのライナーによると、ニック・ローズはリマールのガール・フレンドを仲介としてカジャグーグーに関わったそうです。この曲の日本盤シングルには、ジャケットの別ヴァージョン写真(メンバー全員ちょっとすました表情)が、「初回プレスのみカラー・ポートレート付!!」として付けられていますが、これは下のアマゾン・リンクの『TOO SHY』の写真とも違います。一番笑ってるのがシングルの表写真、一番固い表情がシングルの裏写真、両者の中間がCD写真、といったところでしょう。ちなみにこのベスト盤CDには、リマールのソロ曲もはいってて、便利です。
 カジャグーグーの母体となったのは、ニック・ベッグス(B)、スチュワート・ニール(G)、スティーヴ・アスキュー(key)、ジェズ・ストロード(D)の4人が結成したアール・ヌーヴォーというバンドで、このバンドは80年に活動を開始しています。この時最年少のニックは17歳だったということですから、たいしたものです。この4人に、『メロディ・メイカー』紙のシンガー募集広告に応募してきたリーマルことクリストファー・ハミルが加わってカジャグーグーはスタート、デビュー曲・アルバムのヒットで幸先良いスタートを切りました。しかし、初期メンバーの4人が目指したのはエレクトリック・ファンキーなサウンドであって、リマールの参加は商業的な成功を念頭に置いた戦略にすぎませんでした。リマールの繊細なヴォーカルが、残り4人のホワイト・ファンクな音楽志向とマッチするはずもなく、4人はリーマルをクビにして、再スタートを切ります。バンドのフロント・マンが1作だけで解雇というのも珍しい話です。それもコマーシャル的には失敗ではなく、大成功だったわけですから。結局アイドル・バンドとしてプロモートされたために、リマール解雇後のカジャグーグーは、その高い音楽性にもかかわらず失速したとも言えるでしょうね。
 リマールはその後映画「ネヴァー・エンディング・ストーリー」のテーマが大ヒット、残りの4人は「ライオンズ・マウス」(プロモーション・ビデオは政治的すぎるということで放送禁止になったとか)や「ビッグ・アップル」等の素晴らしい曲をリリースしますが、大きなヒットには恵まれませんでした。今ベスト盤を聴き返してみても、なかなかいいバンドです。リマールを加入させずに、ニック・ベッグスを中心とした路線をあくまで進めていたら、もっと違った展開になったのかもしれません。










ジャスト・ガット・ラッキー / ジョーボクサーズ
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 83年に全米で36位まで上昇。ホーンが効果的で、軽快なノリのいいナンバーですが、ピアノの音色がちょっとノスタルジックな雰囲気もある、80年代の隠れた名曲です。ライナーによれば、プロモ・ビデオではバンドのマスコットである犬(ジャケ写真右下)をフィーチュアしたものだったとか。見たかったなぁ。
 正式なバンド名は「JoBOXERS」で、メンバーはディグ・ウェイン(Vo.)、シーン・マクラスキー(D.)、デイヴ・コラード(Key.)、クリス・ボストック(B.)、ロバート・マーシュ(G.)の5人で、この曲はディグが作詞、クリスが作曲しています。バンドについて、以下『ギター・ポップ・ジャンボリー~マスター・ピース BMG Edition』(BVCM-31040)の宮子和眞氏の解説から。「彼らの母体となったのは、ロンドン・パンクのムーヴメントから台頭したサブウェイ・セクト。そのサブウェイ・セクトが解散をした時、後にエドウィン・コリンズ(オレンジ・ジュース)と親交を深めるリーダーのヴィック・ゴダードを除く4人が再度集まり、この4人に米国人シンガーのディグ・ウェインを加える形で生まれたのが、このジョーボクサーズだった。彼らは、83年に『ボクサー・ビート』(全英3位)でデビューした後、この「ジャスト・ガット・ラッキー」(全英7位)おリリース。60年代のノーザン・ソウルの雰囲気たっぷりなサウンドと、Tシャツにサスペンダー、それにハンチングという労働者階級の誇りを露にしたスタイルで、サブウェイ・セクト時代にはない人気を得ていった。」
 ふむふむ、なるほど。で、サブウェイ・セクトってどんなバンドだったんでしょう?








ミラー・マン / ヒューマン・リーグ
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 80年代の「エレ・ポップ」を代表するバンド、ヒューマン・リーグのヒット曲で、全英で82年に2位、全米でも翌83年に30位まで上がりました。スザンヌ・サリー&ジョアンヌ・キャサロールによるコーラスがノスタルジックさも醸し出しています。解説で今泉恵子氏が書いているとおり、60年代モータウンの雰囲気も。覚えやすいメロディーは、エレクトリックABBA面目躍如といったところでしょうか。
 ヒューマン・リーグの魅力は、シンセが奏でる心地よいリフと、爽やかな女声ヴォーカルのコンビネーションでしょう。それにヘタなくせに自意識過剰気味に歌うのが微笑ましいフィル・オーキーの野太いヴォーカルとのコントラストだと思うのですが? 







めざせモスクワ / ジンギスカン
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  「ジンギスカン」につづく、彼らの2枚目のシングル(79年)。「恋のマイアヒ」に続く空耳ソング「もすかう」(確かに原題は「MOSKAU」)として期待されましたが、「マイアヒ」ほどのヒットにはなりませんでした。しかし再結成されるは(バンドは1986年に解散)、CDは再発されるわで盛り上がっているのは事実のようです。当時はダーク・ダックスやバオバブ・シンガーズ(声優のユニット)によってカヴァーされましたが、バオバブ・シンガーズのカヴァーは私にも記憶があります。♪モスクワ、モスクワ、誰かが勝てば、誰かが負ける、ワハハハハハッ、Hey!♪って歌詞だったと思います。
 バンドについてはWikipedeaのジンギスカンの項目が詳しいです。
オフィシャル・サイトもあります。
日本語ではここが詳しいです。
動画はこちらから。










COLLECTION / MEN WITHOUT HATS
13曲入りのベスト盤。ebayで$22.50(総支払い$26.45)。16曲入りのベスト盤『THE VERY BEST OF』なら1500円くらいで入手可能だけど、こちらにした理由は「The Safety Dance」のExtended Versionが収録されていたから.....なのだが、これが先日買ったドイツ盤CDSに収録されている「Original Aussie Version」とまったく同じ。やられた..... 送料はプラケースつきなら6.00ドル、なしなら3.95ドルということで、なしにしてもらった。



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アイ・ラン / フロック・オブ・シーガルス
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  リヴァプール出身の4人組、フロック・オブ・シーガルズ82年のヒット曲で、第二次ブリティッシュ・インヴェンジョンの波に乗り、全米でも9位にはいるヒットとなりました。デビュー・アルバム『テレコミュニケイション』(原題は『A Flock Of Seagulls』)からの1stシングル。原題は「I Ran」("Run"ではありません)で、「I Ran (So Far Away)」とカッコつきのシングルもありますが、日本盤にはライナーにも盤面にも(So Far Away)のクレジットはありません。





バンド名は「A Flock of Seagulls」と、定冠詞「The」ではなく不定冠詞「A」がついています。メンバーは、マイク・スコット(ヴォーカル、ギター、キーボード)、フランク・モズリー(ベース、ヴォーカル)、ポール・レイノルズ(リード・ギター)、アリ・スコア(パーカション)の4人。リーダーのマイク・スコアの鉄腕アトムみたいなヘア・スタイルも印象的でしたが、アレってカモメをイメージしていたんでしょうね。アメリカのファンクラブのウェブサイトには、マイク・スコアの最近の写真も掲載されていますが、こんなに太っちゃって.....。別人のようです。 日本盤のタタキ文句は
「マイコン・エイジのテーマ曲 でてくるでてくる4羽のロック・バード 100%総カモメ!!」
「100%総カモメ」って、少年隊の「100%そうかもね」からとったんでしょうねぇ、やっぱり。










シャイン・ラヴ / エレクトリック・ライト・オーケストラ
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 数々のヒット・シングルを生んだエレクトリック・ライト・オーケストラ(E.L.O)の大ヒットアルバム『ディスカヴァリー』(79年)からの第一弾シングルで、全米8位・全英6位を記録しました。原題は「Shine A Little Love」。リーダーのジェフ・リン曰く「アルバムタイトルはDISCOを意識したことを示している」ということで、ポップでダンサブルなサウンドに仕上がっており、アルバムのオープニングを飾るにふさわしい疾走感あふれるナンバーです。この曲が収録されているアルバム『ディスカヴァリー』からストリングスの3人が脱退し(日本盤LPに封入されていたポスターにはストリングス・セクションの3人の写真もありました)、それまでの7人組から4人組となってエレクトロニクス色が強くなりましたが、その点はこの曲によくあらわれています。







ハイパー・アクティヴ! / トーマス・ドルビー
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  84年リリースの2ndアルバム『地平球』(原題は『Flat Earth 』)からのシングル・カットで、全英で17位まで上がりました。ちなみに原題は「Hyperactive!」と一語です。日本では♪Hyperactive when I'm small~ の女性ヴォーカルの部分(歌っているのはアデル・バーティ Adele Bartieというシンガーで、この人はティアーズ・フォー・フィアーズのツーア・メンバーでもあった)が車のCMに使われました。タイトル通り、強烈なエナジーを放射するかのような曲ですが、屈折した部分が感じされるところが彼らしい作品です。
 トーマス・ドルビーのソロ以前の活動としては、ブルース・ウーリー(バグルスの「ラジオ・スターの悲劇」「クリン・クリン」の共作者)のバンド、カメラ・クラブに参加してことが有名です。この「ハイパー・アクティヴ!」の強烈な写真は、スタジオにこもってハイテク機器を駆使してユニークな音楽を創る「マッド・プロフェッサー」というイメージを定着させました。しかしその音楽的引き出しは広く、85年にはジョニ・ミッチェルの『ドッグ・イート・ドッグ』や、プリファブ・スプラウトの『スティーヴ・マックィーン』などのプロデュースを行う一方、この年のライヴ・エイドではデヴィッド・ボウイのバックもつとめます。その他、坂本龍一やM(「ポップ・ミューヂック」で有名)とのコラポレートなど多方面で活躍しました(詳しくは私のサイト「Go Insane」を見てね)。音楽的なタイプは違いますが、スタジオ指向とか音楽的な幅広さという点で、私はイアン・ブロウティ(ライトニング・シーズ)との共通性を感じます。現在この会社の社長サンらしいです。









クリン・クリン/ バグルス
英国盤7インチ。ジャケットのイラストがユニーク。ebayで£0.99(総支払い£3.99)。