洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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アインシュタイン・ア・ゴー・ゴー / ランドスケイプ
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 ヴィサージやスパンドゥー・バレエを手がけたリチャード・バージェスが在籍していたバンド、ランドスケイプ(Landscape)のセカンド・シングル(81年)。テクノ~エレポップの典型ともいえる曲です。イントロの電話の話し声、何て言ってるんでしょうか?何か日本語が聞こえような気もしますが。






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『アルティメイト・ベスト~ふたりのシーズン』ゾンビーズ
RKK熊本放送で放送されている「土曜だ江越だ」というラジオ番組のクイズでCDギフト券が当たったので、購入。私が住んでいる菊池市界隈には、券をを使えるショップがなかったので、「夢タウン光の森」内の新星堂まで行って購入。

 1. ふたりのシーズン
 2. シーズ・ノット・ゼア
 3. テル・ハー・ノー
 4. カインド・オブ・ガール
 5. リーブ・ミー・ビー
 6. サマータイム
 7. シーズ・カミング・ホーム
 8. アイ・ウォント・ユー・バック・アゲイン
 9. ホエンネバー・ユー・アー・レディ
 10. イズ・ジス・ザ・ドリーム
 11. リメンバー・ユー(サウンドトラック・バージョン)
 12. ナッシングス・チェインジッド
 13. インディケーション
 14. シー・ダズ・エブリシング・フォー・ミー
 15. 好きさ好きさ好きさ
 16. ゴーイン・アウト・オブ・マイ・ヘッド
 17. 独房44
 18. フレンズ・オブ・マイン
 19. 今日からスタート
 20. アイル・コール・ユー・マイン
 21. シー・ラブズ・ザ・ウェイ・ザイ・ラブ・ハー
 22. イフ・イット・ドント・ワーク・アウト
 23. アイ・ノウ・シー・ウィル
 24. イマジン・ザ・スワン
 25. ふたりのシーズン(モノラル・バージョン)





グッド・ガールズ・ドント / ザ・ナック
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 デビュー・シングル「マイ・シャローナ」(『ミュージック・ライフ』誌の投稿コーナー「He said, Sh e said」で、その出だしの歌詞が「『ふんばれば出るわ』と聞こえる」とあった)が6週間連続で全米No.1(年間チャートでも1位)、アルバム『ゲット・ザ・ナック』も全米No.1となり、一躍時代の寵児となったダグ・フィージャーを中心とする4人組ザ・ナック。この曲は彼らの2ndシングルで、1979年11位まであがりました。イントロのハーモニカとシンプルなロックンロールは、初期のビートルズを思わせる、なかなかいい曲です。
 パンクやテクノと一線を画したオーソドックスかつシンプルな演奏と雰囲気が受けて、当時は「ビートルズの再来!」ともてはやされましたが、2枚目『ザ・ナック2』(原題『But the Little Girls Understand』)でこけてしまい、その後80年代はじめには解散します。その後はミッシング・パーソンズのテリー・ボジオをドラマーに迎えて再起をはかったりしますが、大きなヒットはありません。現在も活動中らしいです。オフィシャル・サイトはこちら。[http://www.knack.com/]





ステッピン・アウト / ジョー・ジャクソン
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 「偏屈才人」ジョー・ジャクソン、82年のヒット曲で全米第6位まで上昇しました。ニューヨークに移り住んだ(現在はイギリスに戻っています)彼が82年にリリースしたアルバム『ナイト・アンド・デイ』(82年)からのカットで、彼の最大のヒット曲です。シンプルなベース・ラインをバックに、夜の街を疾走するかのようなドライヴ感あふれるピアノが魅力的なナンバー。夜のドライブに最適な曲ですね。B面のしっとりとしたバラード「危険な関係」(原題は「Breaking Us In Two」)も翌年に18位まで上昇しています。
 ジョー・ジャクソンに関しては、ウィキペディアの記事が詳しいです。

 オフィシャル・サイト [http://www.joejackson.com/]
 関連サイト [http://www.jj-archive.net/]









コンチェルト・グロッソ1&2 / ニュートロルス
近所の中古ソフトショップに寄ったら、意外なものが売っていたので購入。980円の値札だったけれど、輸入盤は00円引きということで680円。こんな地方都市(熊本県菊池市)で、こんなモノを聴いていた人がいたのだねぇ。『1』は高校生の頃、アナログ盤で購入してよく聴いていた作品。キング・レコードの「ユーロ・ロック・コクション」でもフランスのアトール並んで人気のあった1枚です。確かライナーは伊藤政則氏だったような.....。ニュー・トロルスは、どちらかというと『UT』の方が好きかも。




シングルズ / ニュー・オーダー
ebayで「Guilt Is A Useless Emotion」の9曲入りプロモ盤(ヤフオクにもアメリカの業者が2850円で出品している)を50セント差の24.50ドルで取り逃がしたので購入。本当は中古盤が2000円を切るまで待ちたかったけど。オープニングの「セレモニー」のシングル・ヴァージョンを初めて聴くことができて大感動。




シャイニー・シャイニー / ハイジ・ファンテイジー
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 ニューロマ最終世代、ハイジ・ファンテイジー(HAYSI FANTAYZEE )のヒット曲(83年)。写真は英盤7インチのピクチャー・ディスク(RGP 106)。プロデュースは、マッドネスやチャイナ・クライシスを手がけたリヴァプールの顔役(イアン・ブロウディには一歩も二歩も譲ってしまうが)、元デフ・スクール~ビッグ・イン・ジャパンのクライヴ・ランガー&アラン・ウィンヌタンレー(アルバムにはトニー・ヴィスコンティもクレジット)で、サビの♪Shiny shiny bad times behind me~という部分が耳に残って離れないエレポップ。アレンジや構成も面白い、ポップ・チューンです。当時のアルバムの邦題は『子どもたちの軍歌』というタイトル。
 ハイジ・ファンテイジーは、女性Vo.のケイト・ガーナー(Kate Garner)と、男性Vo.のジェレミー・ハーリー(Jeremy Healy)を2人に、表にはでないものの音楽面のリーダーであるポール・チャップリン(Paul Caplin)の3人組。ポップ・センスは抜群で、ファッション面でも注目だったのに、アルバム1枚で終わってしまいました。
関係サイト[http://www.haysifantayzee.net/]












ロンドン行き最終列車 / エレクトリック・ライト・オーケストラ
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 大ヒットアルバム『ディスカヴァリー』(79年)から、「コンフュージョン」に続く4枚目のシングルで、原題は「LAST TRAIN TO LONDON」。80年に全米で39位まであがりました。ストリングスとエレクトロニクスがうまくブレンドされたELOらしいナンバー。『ディスカヴァリー』からカットされた他の3曲に比べると、チャートアクションにおいて見劣りがするものの、曲の良さは優るとも劣らない。「DISCO-VERY」を体現するダンサブルかつ流麗なポップ・ナンバー。「スアイン・ラヴ」や「コンフュージョン」等に比べるとエレクトロニクス色が弱く、ストリングスがまだ全面に出ている感じです(当時買った日本盤アナログに封入されていたポスターには、脱退が伝えられたストリングス隊の3人も写真に写っていました)。本物の駅員さん?が「LAST TRAIN TO LONDON」とアナウンスするところが、なかなか洒落ています。民放ラジオで夜11時過ぎくらいから小林克也氏のDJで放送されていたラジオ番組では毎週金曜日にチャートの発表があっていましたが、この曲は数週間トップだった記憶があります。





モダン・デイ・ラヴ / ダイヤルM
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 1983年に小ヒットしたテクノ・ポップの隠れた名曲。印象的なイントロと♪It's a modern day love, a modern day love It's it's a modern day love, a new love~というサビが耳について離れません。アメリカのウェスト・コースト発らしい明るいサウンドも魅力でした。D&Dレコードというカリフォルニアのインディー・レーベルからリリースされたせいか、コンピにも収録されません。どうにかCDで手に入れたいものです。
 ダイヤルM(バンド名はもちろん映画の題名からでしょう)は、シンセサイザー&ヴォーカルのM.キャピタン(右)とギター、ベース、バック・ヴォーカルのマーク・Mの二人組。当時ラジオで流れていたCM「だぁれぇ~?」(スネークマン・ショー風)が思い出されます。ジャケットに書いておるキャッチ・コピー「指の先までM感覚」というのは、LPのジャケットが電話のダイヤルを回している女性(シングルジャケット右上の写真)の写真からでしょうね。M.カピタン(Mike Kapitan)はその後、トーマス・ドルビーのアルバムにも参加しているようです。マイク・カピタンのホーム・ページらしいです。http://kapnet.org/k/





ドリーム・ポリス / チープ・トリック
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 チープ・トリック5枚目のアルバム『ドリーム・ポリス』(1979年)からの第1弾シングル。全米で26位まで上昇しました。確かアルバムの方はトップ10にランキングされたと思いますが。日本公演の模様を収めた『アット武道館』(78年)で、本国アメリカでもブレイクした彼ら。リーダーのリック・ニールセンのペンによるこの曲は、ダイナミックな中にもキャッチーなメロディーを備えたロック・ナンバー。リックによる、夢魔を思わせる語りと笑い声もユニーク。
 僕が初めて買った彼らのシングルとアルバムがこれ。僕が小学生のころはキッス、エアロスミス、クイーンというのが三大バンドで、雑誌『ミュージック・ライフ』の読者投票で毎年1位だったのがクイーン(僕はキッスが好きでした)。確か80年くらいにチープ・トリックが1位になったような気がします。ところがその後、ジャパン・ジャムとかいうイベントで来日した際、ベースのトム・ピーターソンが脱退していたことが判明。この時はトムによく似た代理プレイヤー(名前忘れた)を起用したため、観客の中にはてっきり彼をトムだと思っていた人も多かったらしい。日本のエピック・ソニーはこのとき「NU-DISC」と称して10インチのレコードをリリース。私も買った一人。以後しばらく彼らには不遇の時代がしばらく続きましたが、88年に「永遠の愛の炎」(The Flame)で全米No.1を獲得、一時はバン・E・カルロス(ドラム)の体調不良も伝えられましたが(確かにずいぶん老けた)、現在もオリジナル・メンバーで現在も活動中です。オフィシャル・サイトはこちら。[http://www.cheaptrick.com/]









マニック・マンデー / バングルス
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 バングルス最初のヒット曲で、86年に全米で2位まで上昇しました。86年1月にリリースされた2ndアルバム『シルバー・スクリーンの妖精』(原題は『DIFFERENT LIGHT』)からの第一弾シングルです。"Composed by Christopher"とクレジットされていますが、このChristopherがプリンスであるのは有名な話。この曲のイントロ部分は、プリンスの「1999」の出だしの部分となんとなく似ています。
 バングルスは、ヴィッキー(G, V)とデビー(D, V)のピーターソン姉妹にスザンナ・ホフス(G, V)、マイケル・スティール(B,V)の4人組(スザンナが一番人気だった)。アイドル・カール・グループの一つですが、60年代のウェスト・コースト風のポップでちょっとノスタルジックなコーラスと、「エジプシャン」みたいなタテノリのサウンドがうまくミックスされた親しみやすいロックが身上。なかなかいいバンドでした。日本盤CDのライナーには、彼女らがフェアポート・コンヴェンションを目指したという話が出てますが、一方でリチャード・トンプソンの元夫人リンダ・トンプソンをして「バングルスになりたかった」と言わしめたのは有名な話。









キッズ・イン・アメリカ / キム・ワイルド
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 82年に全米で25位まで上がったデビュー曲です(リリースは81年)。コンポーザー・クレジットのM.WIlde(作詞)は彼女の父親マーティ・ワイルドで、彼自身「Teenage In Love」「Rubber Ball And Donna」等のヒット曲をもつシンガー。また作曲のR.Wildeは彼女の1歳年下の弟リッキー。♪We're the kids in America~ooh♪というサビが耳に残って離れないロック・ナンバー。
 ちょっと鼻にかかった声とツッパリ気味のクールさがなんともカッコよかった彼女ですが(デビュー当時20歳)、オフィシャル・サイトの写真を見ると、なんか落ち着き払ったオバチャン風になってます。最近ではガーデナーとして本も出しているようです。
 オフィシャルサイトはこちら。http://www.kimwilde.com/