洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パートⅡ) / ピンク・フロイド
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 79年にリリースされた2枚組の大作『ザ・ウォール』からのシングルで、発売後2週目に全英で、翌80年には全米でNo.1を獲得。「頭で聴くバンド」のピンク・フロイドとしては珍しく、覚えやすく口ずさめる曲です。が、歌詞は結構ヘヴィで、アパルトヘイトがまだ行われていた、当時の南アフリカ共和国では学生運動のテーマソングとなったため、放送禁止となりました。アルバムでは前の曲から間髪を入れずに前奏無しで♪We don't need no ~という歌から始まりますが(PVの通り)、シングル・ヴァージョンは2小節のギター・フレーズから始まります。




 





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M.S.G 73 / LED ZEPPELINJ
73年ニューヨークのマジソン・スクウェア・ガーデン。これは7月28日の公演を収録した3枚組。ヤフオクで2200円。




ハッピー・バースデー / オルタード・イメージ
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 紅一点、キッチュなロリータ・ヴォイスが魅力のクレア・ローガンを中心とするスコットランドはグラスゴー出身の5人組、オルタード・イメージ(英語表記はALTERED IMAGES)のデビュー・シングル。81年に全英で2位まであがりました。印象的なイントロに、クレア嬢のキュートなヴォーカル(たぶん好き嫌いは分かれるでしょうね)、ノリのよいリズムが耳の残るポップ・チューンです。年間チャートでも15位にランクされ、『ニュー・ミュージカル・エキスプレス』では最優秀新人(ブライテスト・ホープ)部門の1位を獲得しました。
 クレア以外のメンバーは、ジム(リード・ギター)、トニー(リズム・ギター)、ジョニー(ベース)、ティッチ(ドラム)の4人。80年に結成され、スージー&ザ・バンシーズのスコットランド公演の前座をつとめ、その後全英ツアーにも同行して人気を博します。「ハッピー・バースデイ」の後も順調にヒットを飛ばしますが、2枚目のアルバムをリリースした後メンバーチェンジがあり、クレア嬢はそれまでの「ブリッコ(死語!)」路線を修正、アダルトな雰囲気に転じます。トニー・ヴィスコンティとマイク・チャップマンという、有名プロデューサー(しかしよくわかんない組み合わせ)を迎えた3枚目『BITE』(邦題は『モノクロ・ムービー』)をリリースします。この作品は結構評価高いのですが、最後の作品となりました。











CUT THE ORGAN / EL&P
PIPER RECORDSで840円。1972年11月26日のハマースミス・オデオン公演。




ダンシング・シスター / ノーランズ
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 キャンディ・ポップ・コーラス・グループ、ノーランズの日本でのデビュー・ヒット(79年)。原題は「'm In The Mood For Dancing」。親しみやすく軽快なダンス・ナンバーで、イギリスでは80年に3位まで上昇しましたが、日本ではそれをはるかに上回る大ヒットとなり、80万枚という洋楽のシングルとしては異例ともいえる大ヒットを記録しています。日本ではアイドルとしてプロモートされて、それが大当たり。当時は小学生から大人まで幅広い人気を誇り、確か山上たつひこの漫画「ヨイショで満開」の扉に「ダンシング・ファミリー/ザ・マンカイズ」として巻頭に登場した記憶があります(かなりあやふや記憶)。当時のイギリスの音楽雑誌「ミュージック・ウィーク」80年第1四半期では、ノーランズが第4位にランキングされています(ちなみに1位は「恋のスカ・ダンス」のザ・ビート、以下マッドネス、ユーリズミックスの前身ザ・ツーリストと続いています)。
 元々はアイルランドのダブリン出身のグループ。両親がスィート・ハーツ・シンガーズというデュオで活躍しており、その後姉妹が加入、ファミリー・グループとなりますが、イギリスに渡って姉妹だけのノーラン・シスターズとなります。75年には御大フランク・シナトラのヨーロッパ・ツアーにも同行したとのこと。そしてこの「ダンシング・シスター」で日本中にキャンディ・ポップ旋風を巻き起こし、トップ・アイドルとなりました。メンバーはアン、リンダ、モーリン、バーナデット(リード・ヴォーカル)、コリーンの5人(その後長女アンが出産のために脱退し、4人に)。この曲以外にも「恋のハッピー・デート」「セクシー・ミュージック」等のヒットを放ちますが、80年代中期には活動を停止しています。その後89年に「ダンシング・シスター'89」で復活、91年には逆カヴァー・アルバム『世界でいちばん熱い夏』をリリースしています。





↓日本語ヴァージョン





レット・ザ・ムーヴィー・ビギン / ジョイ・ディヴィジョン
AmazonJPで、新品がなぜか60%OFFの1134円。マーケットプレイスではないよ。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000CNEEA2/250-9872306-8441865?ie=UTF8




スエードヘッド / モリッシー

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 ザ・スミス解散後、88年にリリースされた初ソロ・アルバム『ヴィヴァ・ヘイト』からのファースト・シングル。ザ・スミス時代の憂鬱さは影をひそめ、爽やかでポップな好ナンバー。印象的なギターは、ドゥルッティ・コラムのヴィニ・ライリー。ナショナル・チャートでもトップ10入りを果たし、上々の滑り出しをみせました。その後は、ザ・スミス時代のようなカリスマ的人気とまではいかないものの、安定した人気とコンスタントな活動を続けており(来日ドタキャン騒ぎなどもありましたが)、2006年には8枚目(ライヴ盤をのぞく)のソロ・アルバム『リングリーダー・オブ・ザ・トーメンターズ Ringleader Of The Tormentors』をリリースしました。









ボーイズ・オブ・サマー / ドン・ヘンリー
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 元イーグルスのドン・ヘンリー2枚目のソロ・アルバム『ビルディング・パーフェクト・ビースト』(84年)のオープニング・ナンバーで、同アルバムからのファースト・シングルです。85年に5位まで上がりましたが、夏の終わりに近い時期にリリースされていたら、チャート・アクションはさらによかったのではないでしょうかね?デジタルなリズムに官能的なギター、そして夏の終わりを感じさせるちょっと寂しい感覚は、センチメンタルな気分を誘います。寂しい内容の歌詞とも相まって、9月のこの時期になると聞きたくなる曲です。この曲を聴いて、私はレイバンの「ウェイファーラー」を買いました(笑)。印象的なギターは、ドン・ヘンリーとともに曲を共作しているマイク・キャンベル。彼はトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのギタリストです。マイクはアルバム中この曲だけプロデューサーとしてもクレジットされています。その他TOTOのスティーヴ・ポカロがシンセ、プロデューサーのダニー・コーチマーがギター、ラリー・クラインがベースで、それぞれクレジットされています。
 この曲のPVは映像作品としても優れており、MTV大賞を受賞しました。少年が一心にドラムを叩く表情、そして「Now I dont understand whats happened to our love」の部分での、ベッドに座る女性のけだるい感じがとても好きです。










ライク・ア・ヴァージン / マドンナ
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 マドンナのセカンド・アルバム『ライク・ア・ヴァージン』(84年)からの第1弾シングルで、彼女初の全米No.1ヒット。ジャン・レノ主演の映画『レオン』で、この曲をナタリー・ポートマンが歌って踊る場面がありますが、なんともいい感じでした。
1958年8月16日生まれの彼女、今年48歳。全く信じられません。若さを保つ秘訣は一体何なのでしょうね?おそらくかなり厳しい節制をしているのでしょう。そして常にクリエイティヴさを失わないの素晴らしい。当初セックス・シンボルとみられていた彼女ですが、それも周到な戦略であったわけです。素晴らしいセルフ・プロデュースの能力。このクリエイティヴさが、彼女の若さの秘訣なのでしょう。

オフィシャル・サイトはこちら。[http://www.madonna.com/]