洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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Author:zep
70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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ベティ・デイビスの瞳
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 81年の全米で9週間にわたりナショナル・チャートの1位を独走し、同年の最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞を受賞した曲です。原題は「Bette Davis Eyes」。往年の名女優、ベティ・デイビス をテーマにした曲で、1975年にはこの曲をつくったジャッキー・デシャノンが自ら歌いましたが全く売れず、81年にキム・カーンズが歌って、大ヒットを記録しました。哀愁ある曲調と彼女のハスキーな声がレトロっぽさを感じさせる一方、エレクトロニクスを多用したモダンなフレイバーをも持った味わい深い名曲です。MTVの成功も、大ヒットに大きく貢献しました。
 キム・カーンズ(Kim Carnes、1945年7月20日ロサンゼルス生まれ)は、16歳から女友達とデュオを組んで活動を開始し、高校卒業後すぐにプロを目指して活動を開始、66年にはニュー・クリスティ・ミンストレルズというフォーク・グループに参加しています。72年にソロとなり、エイモス~A&M~EMIアメリカとレコード会社を変え、80年にケニー・ロジャースとのデュエット曲「荒野に消えた愛(DON'T FALL IN LOVE WITH A DREAMER)」が4位、「More Love」が10位まで上がるヒットとなり注目されました。90年代には目立った活動がありませんでしたが、2004年には久々のアルバムをリリース、現在もコンスタントに活動中です。オフィシャル・サイトはこちら[http://www.kimcarnes.com/]。







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スタンド&デリバー / アダム&ジ・アンツ
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 アダム・アント率いるニューロマ・バンド、アダム&ジ・アンツの81年のヒット曲。3枚目のアルバム『プリンス・チャーミング』からの先行シングルで、全英チャートで初登場No.1となりました。彼ら独特の少々エキセントリックな曲調が魅力です。ワイルドなイメージの彼らにピッタリの曲といえるでしょう。
 マルコム・マクラーレンが仕掛け人だったゆえ、バウ・ワウ・ワウ同様にキワモノ的なイメージがあった彼らですが、「カッコよさ」というロックの本質的な部分を堪能できるバンドだったと思います。海賊ルックにツイン・ドラム、端正なルックスにワイルドさを兼ね備えたアダム・アントの、奇妙な雄叫びを織り交ぜた曲は、一度聴いたら病みつきになる奇妙な魅力を持っていました。中でも異彩を放っていたのが、ギターのマルコ・ピローニ。メンバー中ルックスが一番イタいマルコですが、彼は知る人ぞ知るイギリスのバンド、レマ・レマのオリジナル・メンバーです。
 ティーンエイジャーを中心とした彼らのファンは「アント・ピープル」とよばれ、『ミュージック・ライフ』誌ではバンドを主人公にしたマンガのストーリーが募集されたこともあります(スティーヴ・ストレンジの顔デザイン・コンテストと同じような企画ですな)。バンド自体は82年に解散しましたが、アダム・アントはソロとして現在も活動中です。アダム・アントのオフィシャル・サイトはこちら[http://www.adam-ant.net/]








ヴィーナス / バナナラマ
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 イギリスの女性3人組バナナラマの全米No.1ヒット(86年)。元々はオランダのグループ、ショッキング・ブルーの全米No.1ヒットで、このカヴァーは当時一大旋風を巻き起こしていたストック/エイトキン/ウォーターマン(PWL)のプロデュースによる、ダンサブルなアレンジのナンバー。「80年代の香り」漂うナンバーです。
 バナナラマ(BANANARAMA)は、カレン・ウッドワード Karen Woodward、サラ・ダリン Sara Dallin、シボーン・ファーイ Siobohan Faheyの3人によって結成された3人組。81年にインディーのDEMONからリリースされたデビュー・シングルは、元セックス・ピストルズのポール・クックがプロデュース。その後82年には元スペシャルズのテリー・ホールが結成したファン・ボーイ・スリーとレコーディングした「イット・エイント・ホワット・ユー・ドゥ」が全英で3位となるヒットを記録し、メジャー・シーンへとステップ・アップします。しかし以後はSAWを迎えてポップなユーロビートを基盤としたアイドル路線へ戦略を変更、ヒットを連発します。日本ではホンダやキャノンのCMに起用されました。しかし、ユーリズミックスのデイヴ・スチュワートとの間に子どもをもうけたシボーンが88年に脱退、かわってジャッキー・オサリバンJacquie O'Sullivanが加入しましたが、3人の中で一番ルックスがよかったシボーンの脱退は大きなダメージとなり、以後人気は下降、91年にはジャッキーも脱退しました。現在バナナラマはサラ&カレンのデュオとして活動中。

 オフィシャルサイトはこちら。 [http://www.bananarama.co.uk/]






アローン・トゥゲザー / デイヴ・メイスン
ヤフオクで800円。日本盤でオビつきですが、紙ジャケではありません。




Koshien Battlefield / ELP
72年7月22日の甲子園球場でのライヴ。ヤフオクで2200円。未開封の新品で、即決価格でした。




Remains Of The Holy
73年3月16日のウィーン公演。ヤフオクで2500円(即決価格でした)。




エアリアル / ケイト・ブッシュ
ヤフオクで1700円(オビつきの日本盤です)。スタートは1300円でした。入札しておいた1700円ちょうどでの落札でした。




トラフィック / トラフィック
ヤフオクで1000円。日本盤オビ付き。




テイク・オン・ミー / a-ha
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 85年の全米No.1で、80年代を代表する名曲の一つ。覚えやすいメロディとすこしセンチメンタルな雰囲気、そして北欧らしいロマンティックさも漂っています。ファルセット・ヴォイスも魅力的で、またアニメーションを取り入れたMTVも話題でした(ヴィデオのプロデュースは、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」にもかかわったスティーヴ・パロン)。辞書を調べても分からなかった「take on me」の意味を、「全米トップ40」で湯川れい子さんによる解説を聞いて、ナルホドと感心した記憶があります。この曲のプロデュースは、80年代の隠れた名作『思い出のアルバム』で一部マニアには有名なロータス・イーターズを手がけたアラン・ターニーです。

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 a-haはノルウェーのオスロ出身の三人組。10代からローカル・バンドを組んでいたマグス・フルホレム(キーボード)とパル・ワークタール(キーボード、ギター)の二人に、ヴォーカルのモートン・ハケットが加わり、a-haが結成されました。ロンドンにわたった彼らは、元EMIのジョン・ラトクリフの目にとまり85年にデビュー、一躍人気者となりました。デビュー・アルバム『ハンティング・ハイ・アンド・ロウ』は、全10曲のうち7曲をNEW MUZIKの奇才トニー・マンスフィールドが、2曲をアラン・ターニー、残る1曲はジョン・ラトクリフとメンバーの共同プロデュース。
    オフィシャル・サイト http://www.a-ha.com/
    日本のファンサイト   http://www.a-hafansiteinjapan.com/











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