洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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ドクター!ドクター! / トンプソン・ツインズ
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 イギリス出身のバンド、トンプソン・ツインズの4枚目のアルバム『ホールド・ミー・ナウ』(原題は『INTO THE GAP』)から、「ホールド・ミー・ナウ」(全米3位)に続くセカンド・シングル曲で、1984年に全米11位まで上昇した曲です。アルバムのオープニングを飾る曲で、「ホールド・ミー・ナウ」とは異なり暗い感じがイギリス的。不安をかきあてるようなイントロと、ドクター!ドクター!と呼びかけるサビ、そして♪Fever breathe your love on me~からのキラキラしたコーラス、80年代英国エレポップのお手本のような曲です。






 トンプソン・ツインズは、80年代前半、いわゆる「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれアメリカでもヒットした英国バンドの一つ。日本盤のライナーによれば、「イギリスでは有名なブリキのおもちゃ」がグループ名の由来だとか。1977年の結成当初は4人組でしたが、ファースト・アルバム『A Product Of... (Participation)』リリース時の81年には7人編成という大所帯となり、その後メジャーのアリスタと契約してこの曲が収録された『ホールド・ミー・ナウ』をリリースした時には、トム・ベイリー(1956年1月18日生)、アフリカ系のジョー・リーウェイ(1955年11月15日生)、紅一点アラナ・カリー(1957年9月20日生)の3人となっていました。カルチャー・クラブやデュラン・デュラン、スパンダーー・バレー、ハワード・ジョーンズ、ワム!など他のブリティッシュ・インヴェイジョン勢同様に、キャッッチーなメロディーのエレ・ポップを得意としたバンドです。『イントゥ・ザ・ギャップ』からは、3枚目のシングル「ユー・テイク・ミー・アップ」が全英2位、全米44位を記録してます。

 この曲がリリースされた頃のトンプソン・ツインズの人気は高く、マクセルのカセット・テープのCMに出演したり、85年のライヴ・エイドでは、ナイル・ロジャースとマドンンナをバックにビートルズの「レヴォリューション」を歌うという、今では信じられないようなパフォーマンスを行いました。来日して「夜のヒットスタジオ」に出演したとき、司会の芳村真理がアラナ・カリーに「帽子を脱いで、ヘアスタイルを見せてほしい」と言ったところ、丁寧に断られていたという記憶があります。


マクセルのCM


 85年にリリースしたアルバム『フューチャー・デイズ』(原題は『Here's to Future Days』)はそこそこのヒットをおさめましたが、翌86年にジョー・リーウェイが脱退して以降は鳴かず飛ばず。1991年にベイリーとカリーは結婚し、カリーの生まれ故郷ニュージーランドに移住しましたが、93年にトンプソン・ツインズの解散を発表しました。現在ベイリーとカリーは離婚し、ベリーは音楽活動を続けていますが、カリーは「Miss Pekono」の名前でロンドンを拠点にデザイン系アーティストとして活躍しています。なお、リーウェイはアメリカに渡って催眠療法士として活躍している模様。

 2014年の夏から、トム・ベイリーは、ハワード・ジョーンズ、ミッジ・ユーロ、チャイナ・クライシス、カトリーナ・レスカニッチ(「ウォーキン・オン・サンシャイン」がヒットしたカトリーナ&ザ・ウェイヴスのヴォーカル)らとともに北米ツアーを敢行、トンプソン・ツインズの曲も披露しました。さらに同年12月には来日し、ビルボードライブ東京でステージを行い、80年代の洋楽ファンを大いに喜ばせました。

 トム・ベイリーのオフィシャル・サイト
  http://www.thompsontwinstombailey.com/
 Miss Pekono のオフィシャル・サイト
  http://www.misspokeno.com/
 催眠療法士として活躍するジョー・リーウェイ
  https://hypnosis.edu/hypnotherapists/joe-leeway/








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想い出のステップ / マシュウ・ワイルダー


 ニューヨークはマンハッッタン出身のシンガーソングライター、マシュウ・ワイルダー(MATTHEW WAILDER、1953年1月24日生)が1983年にリリースした曲で、欲84年1月に全米5位まで上がったヒット曲です。ちなみに「キャッシュボックス」誌では2位まで上がっています。軽快でダンサブルなんだけど、どこかノスタルジック....という不思議な曲。プロデューサーとしてクレジットされている3人のうち、Peter BunettaとRick
Chudacoffの二人は、ロビー・デュプリの名AORヒット曲「二人だけの夜(Steal Away)」にプロデューサーとしてクレジットされています。




 原題は「Break My Stride」で、「Ain't nothin' gonna to break my stride♪(誰も私の歩みを止めることはできない)」という歌詞の一節から。「Ain't nothin' gonna to break my stride」という女性に対して、「Never let another girl like you, work me over」と男性が返しているので、手に負えない女性に苦労してる男性のことを歌っているのでしょう。

 マシュウ・ワイルダーはこの曲のヒットの後、同じく84年に「The Kid's American」(「想い出のステップ」と同じくアルバム『I Don't Speak the Language』からのカット)が33位、さらに同84年リリースのセカンド・アルバム『Bouncin' Off the Walls』からカットされたタイトルナンバー「Bouncin' Off the Walls」が52位まで上がっています。その後は他人への曲提供やプロデュース業などを行い、中でも彼がプロデュースしたNo Doubt のアルバム『Tragic Kingdom』(95年)は、全米1位を獲得し、年間チャートでも2位となる大ヒットを記録しました。
 98年のディズニーアニメ『ムーラン』には、クリステーナ・アギレラ(日本語版では伊東恵里)が歌った「リフレクション」などの曲提供を行い、映画の中でもリンの歌の部分(他の部分はゲディ・ワタナベ)を担当とクレジットされています。







ブギー・ワンダーランド / アース・ウィンド&ファイアー

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 EW&Fは50年近くにわたって活動している息の長いアーティスト。それゆえ、いい曲はたくさんあります。数年前に、日本で一番人気があるEW&Fの曲は?という企画があり、その時の1位は「セプテンバー」でした。
http://www.barks.jp/news/?id=1000079662
「セプテンバー」もイイ曲です。
ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットが主演し、役所広司と菊地凛子が出演した映画『バベル』で、菊地凛子演じる耳が不自由な少女千恵子がディスコで踊るシーンで流れていたのも「セプテンバー」でした。

 「セプテンバー」は全米8位まで上昇しましたが(1978年)、「セプテンバー」以上のヒットとなったのが「ブギー・ワンダーランド」で、翌79年に6位まで上昇しました。





 大仰なホーンセクションとリズム、そして「with エモーションズ」とクレジットされている女性3人組のエネルギッシュなコーラス。
EW&F節炸裂といった感じのゴージャスなナンバーで、「ディスコでフィーバーしていた世代」のアンセムといってもいいでしょう。
個人的には、エモーションズのせいか、フィリップ・ベイリーの出番はごくわずかなのがちょっと残念(僕は「セプテンバー」のフィリップのファルセット・ヴォーカルが大好きなので....)。


中学生のころ、熊本放送で夜に放送されていたラジオ番組で、この曲をテーマ曲に使った番組があり、よく耳にしていました。私にとっていちばんなじみ深いEW&Fの曲は、この「ブギー・ワンダーランド」です。


このシングルのジャケットカードには「ジャンボシングルでも発売中!」という文字が印刷されています。「ジャンボシングル」という言葉に、時代を感じてしまいます。
12インチ収録のヴァージョンは9分あるそうですが、この7インチのB面はインストヴァージョンなので、12インチヴァージョンをリミックスしたときのマテリアルなのでしょう。

オフィシャル・サイト
http://www.earthwindandfire.com/
のトップページにあるモーリス・ホワイトが去っていく後ろ姿の写真と“The light is he, shining on you and me."という言葉が胸を打ちます。
ご冥福を祈るばかりです。