ファルセット・ヴォイスが魅力のジミー・ソマーヴィルが、ブロンスキ・ビートに続いて結成したコミュナーズの2ndアルバム『レッド』(87年)から、「トゥモロウ」に続く第2弾シングル。87年に全英で4位まで上がりました。オリジナルはマイケル・ジャクソンのジャクソン5のヒット曲(71年に全米2位)。ですがこのコミュナーズのヴァージョンは、オリジナルの歌詞の「I never can say goodbye girl」の「girl」を「boy」に変えており、アレンジ共々75年にグロリア・ゲイナーがリバイバル・ヒット(全米9位)させたときのヴァージョンを下敷きにしています。打ち込みのビートと肩の力を抜いたように歌いこなすジミーのヴォーカルがここちよいダンサブルな曲。この曲が流れると「No, no, no, No,no,no No,no,no Huuhuu」と一緒に歌ってしまうのは私だけではないでしょう。この頃から世の中はアナログからCDに移行していったようですね。
85年春、ジミーは突如失踪してそのままブロンスキ・ビートを脱退してしまいます。その後彼が86年に、リチャード・コールと結成したのがコミュナーズです。リチャード・コールは、ブロンスキ・ビートの3枚目のシングル「エイント・ネセサリリー・ソー」(全英17位)にゲスト参加していたピアニスト。 コミューナズは『コミュナーズ』(86年)、『レッド』(87年)と2枚のアルバムをリリースし、「ジス・ウェイ(Don't Leave Me This Way)」(全英1位)などのヒットを飛ばしましたが、89年にはいったころから2人の間に亀裂が生じ、コミュナーズはそのまま消滅してしましました。
89年、ジミーはソロ活動を開始し、 『Read My Lips』(89年)、 『Dare To Love』(95年)、 『Manage The Damage』(99年)、 『Home Again』(05年)といった作品をリリースしています。私はこの人のヴォーカリストとしての才能と、音楽的センス(カヴァー曲の選曲の良さ!)をかなり高く評価していて、なお一層の活躍を期待しています。