洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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ジャスト・ガット・ラッキー / ジョーボクサーズ
joboxers.jpg


 83年に全米で36位まで上昇。ホーンが効果的で、軽快なノリのいいナンバーですが、ピアノの音色がちょっとノスタルジックな雰囲気もある、80年代の隠れた名曲です。ライナーによれば、プロモ・ビデオではバンドのマスコットである犬(ジャケ写真右下)をフィーチュアしたものだったとか。見たかったなぁ。
 正式なバンド名は「JoBOXERS」で、メンバーはディグ・ウェイン(Vo.)、シーン・マクラスキー(D.)、デイヴ・コラード(Key.)、クリス・ボストック(B.)、ロバート・マーシュ(G.)の5人で、この曲はディグが作詞、クリスが作曲しています。バンドについて、以下『ギター・ポップ・ジャンボリー~マスター・ピース BMG Edition』(BVCM-31040)の宮子和眞氏の解説から。「彼らの母体となったのは、ロンドン・パンクのムーヴメントから台頭したサブウェイ・セクト。そのサブウェイ・セクトが解散をした時、後にエドウィン・コリンズ(オレンジ・ジュース)と親交を深めるリーダーのヴィック・ゴダードを除く4人が再度集まり、この4人に米国人シンガーのディグ・ウェインを加える形で生まれたのが、このジョーボクサーズだった。彼らは、83年に『ボクサー・ビート』(全英3位)でデビューした後、この「ジャスト・ガット・ラッキー」(全英7位)おリリース。60年代のノーザン・ソウルの雰囲気たっぷりなサウンドと、Tシャツにサスペンダー、それにハンチングという労働者階級の誇りを露にしたスタイルで、サブウェイ・セクト時代にはない人気を得ていった。」
 ふむふむ、なるほど。で、サブウェイ・セクトってどんなバンドだったんでしょう?








墜ちた天使 / J.ガイルズ・バンド
jgilesband.jpg

 82年、ついに彼らが全米No.1を獲得したナンバーで、 80年代を代表するヒット曲の一つ。原題は「CENTERFOLD」で、「墜ちた天使」という邦題は、言い得て妙ですね。格好悪いんだかイイんだかよく分からない♪ナ~ナ~ナナナナ~ナ~ナ~♪のコーラスは、最近でもフジテレビの「めざましテレビ」の一部で使われてましたし、発泡酒のCMにも使われていました。
 80年代にはいると、バンド内の音楽的主導権は一見地味なセス・ジャストマン(キーボード、写真では向かって一番左)が握るようになります。「カム・バック」はセスとピーターの共作で、この曲はセスの作詞作曲ですが、この方向性がピーターの脱退を招いたような気もします。ピーター脱退後は、セスがヴォーカルをとってB級ホラー映画『フライトナイト』のサントラなんかを担当していたが、これはもはやJ.ガイルズ・バンドとは言えないでしょう。ピーターのソロ『ライツ・アウト』のCDは結構レア。




カム・バック/ J.ガイルズ・バンド
comeback.jpg

 『レコード・コレクターズ』誌の特集で書かれていた、「超一流のB級バンド」という表現がピッタリの曲。ストーンズにはなりきれないけど、ロックンロール・スピリットじゃ負けない、みたいな潔さが溢れるロックンロール・ナンバー。80年に最高位32位を記録。ピーター・ウルフのアクションが一番目立っていたこの曲のPVを観てからしばらくの間、ヴォーカルの人がJ.ガイルズだと思っていた。
 タタキ文句は、
「アメリカン・バンドのプライドが炸裂するこのダイナミズム!! 『ワン・ラスト・キッス』から1年目の衝撃!!!!」