洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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マイ・ハート・ゴーズ・バング / デッド・オア・アライヴ
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 アルバム『ユースクウェイク』から「ユー・スピンミー・ラウンド」「ラヴァー・カム・バック・トゥ・ミー」「イン・トゥ・ディープ」に続く(イギリスでは)4枚目のシングルで、全英23位を記録しました。アルバム収録のヴァージョンとはかなり違っており、シングル・ヴァージョンはリミックスされており、「ハイパー・ディスコティック・サウンド」に仕上がっています。アルバム・ヴァージョンや12インチ・ヴァージョン(ワイプ・アウト・ミックス)よりも、この7インチのヴァージョンのほうが疾走感が感じられて好きです。でもピート・バーンズって、どうしてあんなに顔が変わってしまったのでしょうか。この頃と今とを比べてみると、とても同一人物とは思えません。







ハイパー・アクティヴ! / トーマス・ドルビー
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  84年リリースの2ndアルバム『地平球』(原題は『Flat Earth 』)からのシングル・カットで、全英で17位まで上がりました。ちなみに原題は「Hyperactive!」と一語です。日本では♪Hyperactive when I'm small~ の女性ヴォーカルの部分(歌っているのはアデル・バーティ Adele Bartieというシンガーで、この人はティアーズ・フォー・フィアーズのツーア・メンバーでもあった)が車のCMに使われました。タイトル通り、強烈なエナジーを放射するかのような曲ですが、屈折した部分が感じされるところが彼らしい作品です。
 トーマス・ドルビーのソロ以前の活動としては、ブルース・ウーリー(バグルスの「ラジオ・スターの悲劇」「クリン・クリン」の共作者)のバンド、カメラ・クラブに参加してことが有名です。この「ハイパー・アクティヴ!」の強烈な写真は、スタジオにこもってハイテク機器を駆使してユニークな音楽を創る「マッド・プロフェッサー」というイメージを定着させました。しかしその音楽的引き出しは広く、85年にはジョニ・ミッチェルの『ドッグ・イート・ドッグ』や、プリファブ・スプラウトの『スティーヴ・マックィーン』などのプロデュースを行う一方、この年のライヴ・エイドではデヴィッド・ボウイのバックもつとめます。その他、坂本龍一やM(「ポップ・ミューヂック」で有名)とのコラポレートなど多方面で活躍しました(詳しくは私のサイト「Go Insane」を見てね)。音楽的なタイプは違いますが、スタジオ指向とか音楽的な幅広さという点で、私はイアン・ブロウティ(ライトニング・シーズ)との共通性を感じます。現在この会社の社長サンらしいです。









ユー・スピン・ミー・ラウンド / デッド・オア・アライヴ
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 デッド・オア・アライヴが一気にブレイクしたディスコ・ヒット・ナンバー。2ndアルバム『ユースクウェイク』(84年)からの第1弾シングルで、85年に全英No.1、全米でも11位を記録しました。
 リーダーのピート・バーンズは、リヴァプールの出身で同市出身のピート・ワイリー(のちWah!を結成)、ジュリアン・コープ(のちティアドロップ・エクスプローズを結成)、フィル・ハーストらとミステリー・ガールズというグループを結成し、このグループ解散後にピートが結成したナイトメア・イン・ワックスがデッド・オア・アライヴの前身です。
 当初のデッド・オア・アライヴはゴス的なイメージを持ったネオ・サイケ・バンドでしたが、メジャーデビューを機にイメチェン、84年にはKC&ザ・サンシャイン・バンドのカヴァー「ザッツ・ザ・ウェイ」がヒットします。そしてストック・エイトキン&ウォーターマンが手がけた『ユースクウェイク』で大ブレイクし、この曲が日・英・米で大ヒットしました。B面の「MISTY CIRCLES」のミックスは、ピート・ワイリーの「SINFUL!」を手がけたゼウス・B・ヘルド(彼は故コニー・プランクの弟子だった)が行っています。このシングルの日本盤(07・5P-365)は、見開きジャケットにピート・バーンズが飛び出す仕掛けがついていたり、クイズがついていたりと完全にミーハー仕様。
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 このクイズは、以下の8問。1.ピート・バーンズは男でしょうか?女でしょうか?、2.ピート・バーンズは、ボーイ・ジョージもマリリンももっていないものがあります。それは何でしょう?、3.ピート・バーンズは、イギリスの何という町に住んでいるでしょうか、4.ピート・バーンズはいつも鼻にピアスをしていますが、何でできたピアスをしているでしょう。5.ピート・バーンズがはじめてメイク・アップをしたのは何歳の時からでしょう。6.ピート・バーンズが最も嫌っている自分のレコードは? 7.ピート・バーンズは体に刺青をしていますが、さて何のデザイン? 8.デッド・オア・アライヴは何人組?

 もともとちょっと変態気味だったピート・バーンズですが、オフォシャル・サイトの写真をみると、もうやめてくれという感じです。

 私が持っているコンピレーション『ポップ・アップ80'S』や『ヒット・ヒーローズ70's~80's』等では、このシングル・ヴァージョンとは違って"rock it, rock it"というかけ声で始まります。






ハングリー・ライク・ザ・ウルフ(狼のように飢えて) / デュラン・デュラン
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 ニューロマ(ニュー・ロマンティック)を代表するバンドがこのデュラン・デュラン。ユニークなバンド名は、SF映画『バーバレラ』の登場キャラクターに因むとか。
 この曲はあまり知られていませんが、ポップでキャッチーなメロディーと華麗なアレンジが印象的な佳曲。日本ではサッパリ売れなかったものの、アメリカではヒットしたため日本では再リリースされました。このジャケットの盤(東芝EMI EMS-17266)は再発かオリジナルかは不明。どなたかこれと別のジャケットをお持ちの方、情報をお寄せください。B面は「ケアレス・メモリーズ(ライヴ・ヴァージョン)」。デュラン・デュランのオフィシャル・サイトはこちら
 タタキ文句は、
「全米で大ヒット!! '83年いよいよ世界制覇をめざすDURAN DURAN、本格的ビッグ・ヒット・ナンバー。」