洋楽パラダイス
私が中高校生時代に流行した洋楽の曲を振り返るブログです。80年代が中心で、大学時代に流行した曲もあります。本業は高校の世界史教師


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70~80年代の英国ロックを振り返る「英国ロックの深い森の入り口」というブログもやっています。本業は高校の世界史教師。



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ア・リトル・リスペクト/ イレイジャー
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 彼らのサード・アルバム『イノセンツ』(88年)からの第3弾シングルで、全英4位まで上昇したヒット曲(3曲の中では最もチャート・アクションが良かった)。軽快なリズムと覚えやすいメロディー、そしてちょっと切ない歌詞にエレクトロニクスの味付け、と「これぞエレ・ポップの神髄」といえる超名曲。う~む、あのころが懐かしい。
 イレイジャーは、元デペッシュ・モード~ヤズーの音楽的イニシアティヴをとっていたヴィンス・クラークが、オーディションで選んだゲイのヴォーカリスト、アンディ・ベルとともに結成した二人組のユニット。ヴィンス・クラークの変わりようには絶句してしまいそうですが、昨年2006年にはアルバム『ユニオン・ストリート』をリリースして、元気に活躍中です。

オフィシャル・サイト [http://www.erasureinfo.com/]













恋するエリサ / エリサ
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 エリサ(本名エリサ・フィオリロ ELISA FIORILLO)の日本でのデビューシングル。何ともトホホな邦題ですが、原題は「HOW I FORGET YOU」。日本ではアイドルとしてプロモートされた彼女(このシングルのピクチャー・レーベル、ピンクのカラーレコード、88年2~8月のカレンダーという仕様がそれを物語っています)が、デビュー・アルバム『ELISA FIORILLO(邦題は『エリサ』)』では、なかなか巧いヴォーカルを聴かせています。アルバム中2曲を当時売れっ子プロデューサーだったジェリービーン(エリサは87年に全米で16位まで上がったジェリービーンの「Who Found Who」でヴォーカルをとっている)が担当、そのうち1曲ではジョン・オーツが参加しています。その他マドンナをてがけたレジー・ルーカスも3曲をプロデュースしており、かなり豪華なバックアップ陣です。87年にはベリンダ・カーライルの「Mad About You」でバック・ヴォーカルをつとめています。アルバムジャケットも日本独自のアイドル路線仕様のようで、現行の米盤とはまったく違っています。



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  アイドル路線ではまったくパッとしなかった彼女ですが、プリンスのバックアップを得てから大変身、90年の『I Am』から歌唱力を全面に出してイメチェンを図りました(アルバム中プリンスが1曲をプロデュース)。このアルバムからカットされた「 ON THE WAY UP」は、全米で27位まで上がるヒットとなっています。その後もプリンスのアルバム『バットマン』『グラフィティ・ブリッジ』『ダイヤモンド&パールズ』にバック・ヴォーカリストとして参加しています。その後は2000年にオーストラリアのバンドSavage Gardenのツアーに参加したり、最近ではラトーヤ・ジャクソンの 「Teach Me Tonight」でバック・ヴォーカリストとして参加(2003)していますが、2003年には『今夜教えて』というジャズ・ヴォーカル・アルバムをリリース、持ち前の歌唱力を生かして元気に活躍中です。

  オフィシャルサイトはこちら。[http://www.elisafiorillo.com]




ロンドン行き最終列車 / エレクトリック・ライト・オーケストラ
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 大ヒットアルバム『ディスカヴァリー』(79年)から、「コンフュージョン」に続く4枚目のシングルで、原題は「LAST TRAIN TO LONDON」。80年に全米で39位まであがりました。ストリングスとエレクトロニクスがうまくブレンドされたELOらしいナンバー。『ディスカヴァリー』からカットされた他の3曲に比べると、チャートアクションにおいて見劣りがするものの、曲の良さは優るとも劣らない。「DISCO-VERY」を体現するダンサブルかつ流麗なポップ・ナンバー。「スアイン・ラヴ」や「コンフュージョン」等に比べるとエレクトロニクス色が弱く、ストリングスがまだ全面に出ている感じです(当時買った日本盤アナログに封入されていたポスターには、脱退が伝えられたストリングス隊の3人も写真に写っていました)。本物の駅員さん?が「LAST TRAIN TO LONDON」とアナウンスするところが、なかなか洒落ています。民放ラジオで夜11時過ぎくらいから小林克也氏のDJで放送されていたラジオ番組では毎週金曜日にチャートの発表があっていましたが、この曲は数週間トップだった記憶があります。





グラマラス・ライフ / シーラ・E.
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 プリンス・ファミリーのパーカッショニスト&ヴォーカリスト、シーラ・E(Sheila E.、本名シーラ・エスコヴェド)のヒット曲。84年に全米で7位まで上がりました。長い足でシンバルを蹴り上げる様は何ともセクシーでカッコよかった。曲ももちろんカッコよくて、パワフルなパーカッションを前面に出したうえでヴォーカルは抑え気味、そしてサックスとギターがからむ、coolでセクシーなナンバー。私が持っているコンピに収録されているシングル・エディットは3分42秒だけど、アルバム・ヴァージョンは8分58秒。後半インスト部のパーカッションとシンバルの連打がイイ感じです。アルバムには「クラブ・エディット」(6分33秒)も収録されているので、アルバム買ったほうがいいかも。
 彼女はプリンスのツアーにも大々的に参加しています。私が聴いた、ラヴセクシー・ツアーの模様を収録した『LIVESEXY '88』という2枚組(1988年9月9日ドイツのドルトムント公演、TV番組音源なので良好な音質だけど曲間信号が完全でない)では、殿下が彼女の名前を連呼し、ドラム・ソロも披露しています。
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 彼女の父親ピート・エスコヴェドもベイエリアを拠点に活動していたパーカッショニストで、サンタナのバンドやアズテカ(70年代に2枚のアルバムを出しているらしい)に在籍していたとのこと。彼女もプリンスと出会う前はハービ・ハンコックやコン・ファンク・シャンなどに参加していました。




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シャイン・ラヴ / エレクトリック・ライト・オーケストラ
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 数々のヒット・シングルを生んだエレクトリック・ライト・オーケストラ(E.L.O)の大ヒットアルバム『ディスカヴァリー』(79年)からの第一弾シングルで、全米8位・全英6位を記録しました。原題は「Shine A Little Love」。リーダーのジェフ・リン曰く「アルバムタイトルはDISCOを意識したことを示している」ということで、ポップでダンサブルなサウンドに仕上がっており、アルバムのオープニングを飾るにふさわしい疾走感あふれるナンバーです。この曲が収録されているアルバム『ディスカヴァリー』からストリングスの3人が脱退し(日本盤LPに封入されていたポスターにはストリングス・セクションの3人の写真もありました)、それまでの7人組から4人組となってエレクトロニクス色が強くなりましたが、その点はこの曲によくあらわれています。









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